地の底のヤマ 西村健

 「弱か者はいつまで経っても、弱かまま。強か者によかごと使われて、歴史に封印されるだけたい」
 (本文引用)
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 「860頁2段組。逃げ出したくなる巨篇が、熱い熱い読者の声に支えられて8刷!」

 私の買った本書の帯には、こう書いてある。

 そう、私も何度も逃げ出したくなった。
 ズシリと重いこの本を持ち歩くことに疲れ、読んでも読んでも左手に残る紙の量が減らず、何度も挫折しかけた。それに加えて、慣れない九州弁だらけの会話にも難儀した。

 しかし、読むうちに「この本からは決して逃げてはいけない」と思うようになった。
 逃げたらその瞬間に、私は人としての価値がなくなる、とすら思い始めた。


 そして10日かけて読み終えた今、こう断言できる。

 「この本は、この本を読んだことは、一生の財産になる」と。
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 昨年11月9日、福岡県大牟田市において、旧三井三池炭鉱・三川坑の炭塵爆発事故の50回忌法要が行われた。
 その慰霊碑は、炭鉱労組の分裂により2ヶ所あるという。
 
 当時まだ若かった夫を亡くし、幼子と共に遺され、懸命に半世紀を生きてきた80歳の女性は言う。

 「夫がいつも守ってくれると思って頑張ってきた」と。

 (2012年11月10日 朝日新聞朝刊 福岡・2地方面より)

 また、この事故は死者だけでなく、多数のCO中毒患者も生み出した。
 穏やかで優しかった夫が、脳を破壊され、突然暴れだす。幼い子供と脅えながら暮らす毎日。
 その夫が事故から36年後、がんで亡くなった。

 「死に顔は穏やかでした。患者の苦しみは死なないと消えないのです」

 夫と同じCO中毒の患者の名前を探し、名簿に記すのを日課とする女性は、そう語る。
 (2012年11月6日 日本経済新聞 西部夕刊 社会面より)
 
 この「地の底のヤマ」は、この三井三池炭鉱の爆発事故を原点とした物語だ。
 主人公は警察官・猿渡鉄男。その男が見つめ、追い続けた、約40年におよぶ大牟田での人間ドラマである。
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 その内容は、ある意味ミステリー仕立て。
 鉄男の父親をはじめ、労働組合の幹部、反社会的勢力に飲み込まれた善良な一家、尋常でない親子関係を築いていた母娘・・・と何人もの人物が殺し殺される。
 そして1つの事件の背後には、幾層もの謎が隠され、剥いでも剥いでも真相に突き当たらない。その展開は非常に巧妙で、労働問題や差別といった社会的メッセージを込めなくても、純粋なミステリーとして十分読ませる。

 しかしやはりそれだけでは、「一生の財産」と思えるほどの作品とはならなかっただろう。

 働いても働いても虐げられ、その弱者同士でもまた差別をし、その結果取り返しのつかないことを引き起こす者たち。
 働いて働いて、いつかは楽になれる、幸せになれると願っていたのに、脳を壊され、帰る家もなくボロ雑巾のように社会から捨てられる者たち。
 それを見て見ぬふり、いや本当に見えていないのかもしれないエリートたち。

 この作品がえぐり出す歪んだ構図は、今もなおあらゆる所にはびこり、理不尽な思いをしながら息を潜めて暮らしている人は多い。

 皆平然と暮らしているが、その心の奥底では、どうしても消すことのできない怒りの炎がくすぶり、いつまでも止むことのない涙の雨が降っている。

 「ああ、この人もそうかもしれない、あの人もそうなのかもしれない」
 
 ・・・時折本から顔を上げ、街行く人、電車に乗る人々を眺めていると、どうしようもなく涙が滲んできた。
 すでに、涙で文字がかすんでいたというのに。
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 2012年11月3日、三川坑が閉山以来15年ぶりに一般公開された。
 その際、一般公開の来場者に「三川坑を保存・活用すべきか」というアンケートを行ったところ、85%の人が「保存・活用すべき」と答えたという。
(2012年11月6日 朝日新聞 朝刊 筑後・1地方面)

 私は、もしこの本を読む前にアンケートに応じていたら、何と答えていたかわからない。
 しかし、今はきっとこう答える。
 「ぜひ保存してほしい」と。

 私たち1人ひとりの中に、それぞれともり続ける「ヤマの灯り」・・・心の灯を消してしまわないために。

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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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