花や散るらん 葉室麟

 「わたしはこの世に美しいものを仰山残したいと思うてます。それだけが仕事で、他のことは遊びや」
 「光琳殿は美しいものだけのために生きておられるのですか」
 「そらそうどす。ひとなんて皆、死んでしまいます。美しいものだけが永遠に残るんどす」

 (本文引用)
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 2012年12月9日の日本経済新聞朝刊で、野田秀樹氏が中村勘三郎さんへの追悼文を寄せていた。
 
 そのなかに、野田氏が書いた芝居「研辰の討たれ」で勘三郎さんが語ったセリフがある。

 「まだまだ生きてえ、死にたくねえ、生きてえ、生きてえ、散りたくねえ、と思って散った紅葉の方がどれだけ多くござんしょ」(記事本文引用)。

 これを読み、私は涙が止まらなかった。
 このセリフは飽くまで劇の中の言葉だ。
 しかしこれを追悼文に用いたということは、すなわち野田さんが友の死を心から悲しみ悔やんでいること・・・そのように受け取れたからだ。
 私は、新聞を固く握り締めながらただ立ち尽くし涙した。


 それと同時に、ふとある一冊の本を思い出した。
 葉室麟著「花や散るらん」
 美しい生き方、武士道をどこまでも追い求めた人間たちによる、信念と命舞い散る物語である。
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 時は元禄。
 牢人・雨宮蔵人と妻・咲弥、そして3歳になる娘・香也の3人は、京の郊外でひっそりと暮らしていた。
 そんな平穏な日々の中、蔵人のもとにある依頼が持ち込まれる。

 将軍綱吉の生母桂昌院の叙任のために、あの吉良上野介が奇策を講じている。
 ついてはそれを阻止するために、吉良の家臣を斬ってくれぬか-というのである。
 
 その話をきっかけに、蔵人と咲弥は幕府と朝廷の権威争い、ついには松の廊下の刃傷沙汰、赤穂浪士の討ち入りにまで巻き込まれてしまう。
 そして背後には、幼な子の命を狙う影も・・・。

 交錯する謀略のなか、彼らは愛する者を最後まで守ることができるのか?
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 見事な小説である。芸術品と言ってもよい。
 
 まず、実在の人物・出来事のなかに架空の人物を織り込ませる技の高度なこと!
 もともと「ベルサイユのばら」が好きなので、このような虚と実が巧みに混在している物語にはたまらない魅力を感じてしまうのだが、これはまた格別。
 
 たとえば、「そもそもなぜ浅野内匠頭は吉良を斬り付けたのか」。
 「遺恨があった」という言葉しか残されておらず、詳しい動機は未だに謎といわれているが、その理由がフィクションと史実とを絡めて納得の行く形で書かれており、読みながら歴史の空白部分を自分なりに染め上げることができる。
 また蔵人と浅野、吉良との意外なつながり、悪役として知られるあの人物のホロリとさせる素顔なども覗くことができ、歴史小説と時代小説のエキスが溶け合うとこんなに美味な小説ができあがるのかと、作者の手腕にただただ驚き感動した。

 もちろん、この小説の面白さはそれだけではない。
 この物語には、虚と実だけでなく、あらゆる信念、思いが交差している。
 
 命を弄ぼうとする者たちと、ただひとつの命を尊び、「忠のためにのみ捨てる」と誓う者たちの交差。
 何を至上とするかが異なる、武士の美学と朝廷の美学の交差。
 和歌を通して伝える、忍ぶ恋心の交差。
 そこに色指す尾形光琳の燕子花。

 それらの織り成す心模様は、さながら黒羽二重にほどこされた錦繍。
 物語中に登場する、富める女たちがまとう「誇りや夢を込めた」衣装のような艶やかさである。

 そんな繊細な美しさが、この小説を芸術品と呼ぶ理由である。
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 命の花が舞い散る「花や散るらん」。
 そしてまだまだ散りたくない、散ってたまるかという思いが雪のように降り積もる「花や散るらん」。

 この名作を再度読みきり、ふとまたあの「まだまだ生きてえ、死にたくねえ、生きてえ、生きてえ、散りたくねえ」のセリフを思い出した。
 そしてかつて大石内蔵助を演じた、勘九郎(当時)さんの姿も。

 恐れながら「散るにはまだ早すぎたのではないか」という悔しい思いも、たしかにある。
 しかし今は、数々の美しいものを残していってくれた中村勘三郎さんに、心より感謝申し上げるとともに哀悼の意を表したい。

詳細情報・ご購入はこちら↓


他の葉室麟作品のレビューはこちら→「蜩ノ記」
                       「銀漢の賦」

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ハムリン最新刊「蛍草」

6月にハムリンの母校であった講演会で聞いた7月、秋、年末に上梓しますと言う発言。7月「千鳥舞う」、秋「この君なくば」、そして年末は・・・・と思っていたら出ました最新刊「蛍草」これで2012年に6冊、健筆ぶりには驚かされます。ハムラーとしては嬉しいかぎりですが。
「蛍草」-父が無念の切腹を遂げ、ひとり残された娘は奉公に出た。 父の仇を討つという悲願を胸に抱きながら・・・・極上の葉室ワールド。今回も又泣かされそうです。

葉室さん、すごいですね!

ひろ様

またまた素晴らしいハムリン情報、ありがとうございます!
葉室さん、快進撃ですね~。
ファンとしては嬉しいですが、少々お体が心配になってしまいます。
(「このミス」で、横山秀夫さんが優れない体調の中で、命がけで「64」を書かれた話を読んだため、余計に・・・)

と言いつつ、2013年もハムリンから目が離せないですね!
コメント、ありがとうございました。

ハムリン先生「蛍草」

図書館で「蛍草」を読みました。他の人がいるにも拘わらず感受性の鈍い私が泣かされハンカチで涙を拭いました。
葉室ワールドは凄いです。お薦めの作品でした。
ハムリン先生には長生きしていただき素晴らしい作品で泣かせて欲しいものです。

近所の書店で「話題の本」コーナーに・・・

ひろ様

コメント、いつもありがとうございます!

「蛍草」、近所の書店で「話題の本」コーナーに置かれていました。
最近発表された芥川賞・直木賞受賞作品が全面的にプッシュされているなかで、ややひっそりと隠れているように置かれていましたが、それもまた葉室作品らしさかもしれません。

良い涙を流したいときには、やはり「ハムリンにおまかせ!」ですね。

どうもありがとうございました。

ハムリン最新刊「おもかげ橋」

「蛍草」読了後のすがすがしい涙の余韻がまだ残っているというのに葉室先生の新刊が出ました「おもかげ橋」
武士とは命がけで人を信じるもの。二度と戻れぬ故郷、忘れたはずの初恋の女、信じる友との絆・・・・   一生に一度の純愛の結末とは。
又、ハムリン先生泣かされるのでしょうね。準備はOKです。

ハムリン先生快進撃!

ひろ様

いつもありがとうございます。
葉室先生、快進撃ですね~。

新刊のテーマが、

> 武士とは命がけで人を信じるもの。二度と戻れぬ故郷、忘れたはずの初恋の女、信じる友との絆・・・・   一生に一度の純愛の結末とは。

とありますが、葉室先生の小説は大抵このようなテーマですよね。
なのになぜ、毎回泣かされてしまうのか。読むたびに、それが不思議でなりません。
葉室先生の作家としての力量、人間的魅力の賜物、といったところでしょうか。

葉室先生の小説を読んだ後の涙って、えもいわれぬものがありますよねぇ・・・。

どうもありがとうございました。
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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