空白を満たしなさい 平野啓一郎

 僕は、早くに父を亡くしていますが、その父と一緒に写っている母の写真を見て、ある時、ハッとしたんです。母のそんな表情を、僕は一度も見たことがありませんでした。そこに写ってたのは、父と一緒にいた時の母の分人です。そして母は、その自分を、父の死後、二度と生きることが出来ませんでした。
(本文引用)
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 まだ今年が終わるまで半月以上あるが、今年は良い年だったと思う。
 なぜなら、この思想にめぐり合えたからだ。

 それは、「分人」主義。

 小説家平野啓一郎氏が提唱する、新しい「自己の捉え方」である。

 詳しくは「私とは何か ~『個人』から『分人』へ~」のレビューで書いたが、私はこの考え方により、生きるのがグンと楽になった。

 人間関係における己の中の葛藤や苦悩-接する相手によって、自分のキャラクターが変わってしまう(明るかったり大人しかったり)ことからくる自己嫌悪-から解放されたのだ。



 そしてまた一方で、SNS等の隆盛による「分人を許容しない時代」の恐ろしさをも認識することができた。

 この「分人」主義を知ったのは、自分にとっては革命的なことであり、この知見を得ただけで2012年は非常に有意義なものであったと個人的には思っている。

 そしてその「分人主義」を小説化した、この「空白を満たしなさい」
 胸を躍らせながら買ったこの本だが、読むうちに、私はひどく落ち込んでいった。
 「『分人主義』というものを軽く考えすぎていた、あるいは“舐めていた”のではないか」-そんなことを痛感させられたからである。
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 主人公・土屋徹生は36歳。3年前に自殺したサラリーマンだ。
 この度、なぜか現世に生きて戻ってくることができた。

 生き返ったのは、徹生だけではない。世界各地で同じような人物「復生者」が、続々と現れる。

 そのようななかで徹生は「自分は決して自殺などしない」と、自分を殺した犯人探しを始める。
 遺した妻や幼い息子、お世話になった人たち、そして「復生者」たち-彼らと触れ合っていくうちに、徹生が見つけた本当の答とは-。
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 読み始めた当初は、私も徹生と一緒に「そうだ、絶対に自殺なんかしていない。あいつが犯人だ。いや、もしかしたらあいつかも」などとミステリーを読んでいる気持ちになり、自殺に見せかけるトリックまで考えていた。想定される犯人を、憎みさえした。

 しかし次第に、この小説はそんなに単純なものではないと感じ始めた。
 
 人はなぜ生きるのか、なぜ死ぬのか。
 本当に悲しいのは死んだ本人なのか、遺された人たちなのか。
 
 徹生や周囲の人々の心の揺れを目の当たりにし、私は滂沱のごとく涙を流しながら、「そしてなぜ、これほどまでに『死』は悲しいのか」を考えずにはいられなかった。

 私は分人主義思想を、生きるのを楽にする処方箋としか捉えていなかった。
 しかしそれだけではない。
 「死んでしまった人」と「遺された人」の心の核、つまり「人間の悲しみの根源」に迫る機能をも併せ持つのである。

 「死んだ人が生き返る小説なんて、生命の軽視ではないか」
 そんなことを思う人もいるかもしれない。
 しかしそれは逆だ。
 ある意味「生命をふたつ」持った者たちの物語ではあるが、これを読むとなおいっそう「生命は本当に、ひとつしかない」ということを強く認識させられるはずだ。

 読んで良かった。
 本当に、読んで良かった。
 心からそう思える一冊である。

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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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