「スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか」感想。セクハラは魂の殺人じゃない。本当の殺人だ。

評価:★★★★★

「権力を握っているという意識がない自分にもショックでした。でも、多くの先生はそんなこと考えたこともないと思います」
(本文引用)
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 性犯罪は“魂の殺人”という。
 しかし本書を読み、私は思った。

 “魂の殺人”じゃない。
 “本当の殺人”だと。

 セクハラをはじめ性犯罪を受けた人は、こう言われることもあるだろう。

 「命があるだけよかったね」
 「殺されなかっただけ幸い」。

 しかし本書を読んでしまうと、到底そんな言葉はかけられなくなる。
 確かに医学的な死亡とは違い、肉体が滅び骨になるわけではない。


 愛する家族と会話をし、理解ある人と立ち直り、将来を歩むこともできるだろう。

 だが被害者の人生で、大きな、あまりに大きなものが削ぎ落されるという点では「殺人」と変わらない。
 そして被害者家族が失うものも、尋常じゃなく大きい。
 
 本書を読み終えた今、もう一度はっきり言う。
 
 セクシャルハラスメントは魂の殺人ではない。
 人生を破壊する、立派な殺人だ。

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■「スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか」内容



 本書は、教師による性犯罪を追うドキュメント。
 被害者に丁寧な取材をし、さらに加害者側にも動機・その時の心情、そして今どう思っているのかを徹底的に聞き取っていく。

 進路相談にのるふりをして、度重なるデートや性行為に及んだ高校教師。

 女子児童に対し、「父親代わり」のつもりが心が暴走。
 片時も離れられなくなり、性的関係にもつれこむ小学校教員。

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 部活の強豪校で、自分についてこいとばかりに、常軌を逸したパワハラ・セクハラを重ねる顧問。

 ハートマークの不気味なメールを、女生徒にしつこく送り付ける男性教師。
 
 「触らないで生徒指導なんてできるの?」とキョトンとする教師。
 
 教師のセクハラに困り果て、母親が校長に相談。
 挙句、その母親に校長が性的関係を迫るという、異常な学校・・・。

 なぜそのようなわいせつ行為・性犯罪が、学校で起こるのか。
 
 被害者・加害者への聞き取りから見えてくる、犯罪の要因とは?
 そしてスクールセクハラは、どうすれば防ぐことができるのか?
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■「スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか」感想



 「セクハラはある意味、町なかで起こる性犯罪より質が悪いな・・・」

 以前、「壊れる男たち セクハラはなぜ繰り返されるのか」を読んだ時、痛烈に思った。

 そして本書を読み、改めてその考えは間違っていないと認識した。 

 なぜならセクハラは、加害者の犯罪意識が異常に低いから。
 
 「相手も合意だと思った」
 「嫌なら言ってくれればよかったのに」
 「それもダメだって言われたら、何もできませんよ」

 スクールセクハラも会社のセクハラも、理解しがたいほど加害者の犯罪意識が低く、自己正当化が激しい。

 そこが町なかで起こる性犯罪・痴漢と大きく違う点であり、叩いても叩いても繰り返される原因だ。

 そして本書を読むかぎり、スクールセクハラは、企業内のセクハラよりさらに悪質だ。

 まず企業とは違い、加害者側の権力意識が希薄だ。

 「相手が断れる心境にない。自分を恐れている」ということに思い及ばず、欲望は暴走。
 加害者のなかでは勝手に「子どもも喜んでいると思った」と、脳内変換されている。

 だがスクールセクハラの場合、被害者は圧倒的に弱い存在だ。

 10歳前後の子どもが、いったい誰に「体を触られてイヤだ」と思い切って相談できるだろうか。
 受験を控えた生徒たちが、いったいどうやって「こんな目にあっている」などと告白できるだろうか。

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 「親を心配させたくない。元気に学校行かなきゃ」と、自分の心を押し殺して体を引きずるようにして学校に行き、行った先には加害者がいて、またビクビク怯え、尊厳を破壊される。

 逃げる術をもたず、相談することもできないまま、「つつがなく学校生活を送っているように見せる」生徒たちの苦しみは察するに余りあるものだ。

 本書の事例では、なかには「申し訳ないことをした」と反省し、再発防止に活動に取り組む人もいる。

 しかしほとんどの加害者は、まったくといってよいほど「悪いことをした」という認識なし。
 
 「触らずに指導なんてできるんですか」と言い放った男性教師には、もう怒りを通り越して呆れるばかりだ。

 それに比べ、被害者たちの苦しみの重さはどうだろう。
 
 ある女性は教師のセクハラに遭い、12年間精神的に安定せず、自殺未遂。

 「今もその時のことが夢に出て、赤い車を見るだけで思い出し、駅や高校、関係のある場所へ行くと急に吐き気がしたり泣いたりする。ニュースや新聞の写真でその場所を見ただけでも同じです。元担任の名前に含まれる字をみただけでも、おかしくなります」


 また別の女性は、高校時代に被害に遭い不登校になり、親に言えないまま家出。
 

「教え、導く立場の教師に人生を狂わされたことに憤りを感じます」


 と語る。

 被害者は誰にも言えないまま、何十年も苦しみつづける。
 いっぽう、加害者である教師は「そんなに悪いことしたかなぁ。イヤなら言えばよかったのに。悪かったんなら謝りますよ」ぐらいの感覚。

 被害者と加害者の「この感覚のズレ」にこそ、スクールセクハラがなくならない原因が隠されているのだ。

 さらに本書を読むと、スクールセクハラは当事者間だけの問題ではないと、よくわかる。

 たとえば事態を悪化させやすいのは、先生・学校を囲む「他の保護者たち」だ。

 あの先生がそんなことをするわけない。
 せっかく強い部活に入って優勝を目指しているのに、騒ぎを起こさないでほしい。
 
 「先生は立派」「先生は正しい」「先生はそんな人じゃない」「先生のおかげで優勝できる」

 そう強固に主張する保護者たちの存在が、さらに事態を深刻にし、被害者は追い詰められてしまう。

 これは、子どもを育てる一保護者として、気に留めておくべきことだ。

 本書は「加害者の、驚くべき犯罪意識」を浮き彫りにする点で、非常に読む価値がある。
 
 だが本書の素晴らしさは、そこだけではない。
 周囲による二次被害、周囲が招く「事態の深刻化」にもクローズアップ。

 加害者および、周囲の者たち2つの「曇った視点」を暴くことで、スクールセクハラ防止、および事態深刻化の防止に寄与している。

 今日もまた、中学校の教員が逮捕された。
 担任の女子生徒を連れ去り、車の中に監禁したという。

 そして学校側は取材に対し、こう語る。
 「我々の方で問題が考えられるようなところは思い浮かばなかった」

 事実関係はまだわからないが、この一言にもじゅうぶん、スクールセクハラの原因が隠されている。
 叩いても叩いても繰り返される原因が、この一言には潜んでいる。
                                             
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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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