精神と物質  利根川進/立花隆

 「サイエンスなんて、世界中の何億という人間がこれまでどうしても考えつかなかったことを考えつこうというアクティビティでしょう。ものすごい知的エネルギーの集中が必要なわけですよ。頭の中に他のことがあったらできっこないんです。しょっちゅうそれだけを考えてることが必要なんです。だから最近研究室から早く帰って子供と遊んだりすると、オレも昔とくらべると堕落したもんだなと思うね(笑)」
(本文引用)
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 今さら言うまでもないが、2012年のノーベル生理学・医学賞に、京都大学の山中伸弥教授が選ばれた。
 
 そこで山中教授および松本京大学長へのインタビューなどを読んだところ、優れた研究には以下の3つが必要であることがわかった。

 「集中力」「自由」、そしてその両方をかなえる「資本」だ。

 山中教授は、iPS研究のプロジェクトを高橋和利氏(現京大講師)に任せる際、「俺が生きている限り雇ってやるから好きにやれ」と言い、その結果、あっという間にiPS細胞ができてしまったという。(日本経済新聞 2012年10月11日 朝刊 特集面より)


 さらに日本経済新聞では、それらのインタビューおよび「日本が西洋に比べ基礎研究が立ち遅れている」といった現状から、若手研究者の雇用確保および資金配分の見直しなどを主張している。

 そして遡ること25年前、ある日本人も「集中力・自由・資本」を元手に研究に研究を重ね、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 その人の名は、利根川進。

 本書は、当時「100年に一度の大研究」と賞賛され世界最高の栄誉に輝いた人物に、「知の巨人」立花隆が挑んだインタビュー集。
 つまり、日本有数の頭脳同士が邂逅した国宝ともいえる一冊である。
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 インタビューは、利根川氏がいったいどの程度の知識から研究に入っていったのかから始まる。そこで驚いたのは、何と「大学入学当時は、人間の体が細胞でできていることすら知らなかった」という発言だ。

 このような、思わず利根川氏が「これ、書かないでくださいよ」と言ってしまうような言葉から、どんどん「100年に一度の大研究」に至るまでの経緯が解き明かされていく。

 安保闘争に沸く大学、その結果生まれた虚脱感、分子生物学を選んだ理由、研究への没頭、留学、マウスを殺すことへの抵抗感、そしてそれに慣れることへの恐怖・・・等、実に多種多様な方面から「研究者・利根川進」の輪郭を浮き彫りにしていく。

 そのなかで印象的だったのは、(これは山中教授も語っていることであるが)「研究は失敗の繰り返し」であり、さらに「失敗しても失敗しても、決して諦めないことが科学者の条件」ということである。

 それは本書中の、実験に関する非常に詳細な説明からもよくわかる。

 しかしその一方で、利根川氏の口からは意外にも「運」という言葉も聞かれる。

 これは単に、幸運や不運といった意味ではない。
  「自然はロジカルでなく、よって理詰めに考えてもわかるものではない。たまたまそうなっている偶然の積み重ねである。故に大発見は『運』によるものが大きい」。そして正しい方向に仮説を立てられることも「運」だという。

 飽くまで具体的な実験を通して、普遍的・一般的な事象を発見することが必須である科学の中で殊更「運」などと言われると、ずぶの素人である私は「科学とは何だ?精神と物質とは何だ?」などと戸惑ってしまう。

 察するに「目に見えないもの」を「目に見えるもの」にしていく科学者という仕事は、そういった数え切れないほどの「偶然」との闘いなのだ。
 これでは、幾多の失敗にも負けない不撓不屈の精神と粘り強い努力が要るはずだ。読んでいて気が遠くなる思いだ。

 そして本書を通し改めて、優れた研究には「集中力」、「自由」、「資本」が必要であることを感じた。

 果てのない偶然の集まりから、ひとつの必然を見つける。

 その途方もない労働を続けるには、その人本来がもつ集中力のほかに、世界的研究の中心地で、生活の心配をすることなく伸び伸びと仕事ができる自由と資本。
 やはりこの3つは不可欠なのではないか、と私は思う。

 最後に、利根川教授からここまで幅広く奥深い話を引き出した立花隆氏の手腕に、心から大きな拍手を贈りたい。


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Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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