夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです  村上春樹

 僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのように普通の人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。
(本文引用)
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 今年ほど、日本中がノーベル文学賞に注目した年はなかったのではないか。
 結果、中国の作家・莫言氏に授与されることとなったが、最後の最後までこの方が本命視されていた。
 
 そう、日本を代表する世界的作家・村上春樹氏だ。

 惜しくも受賞はならなかったものの、ここまで毎年毎年ノーベル賞受賞をささやかれているのだ。もはや村上氏が世界屈指の作家として不動の地位を築いていることは、揺るぎの無い事実であろう。

 さて、今回ご紹介する本は、インタビュー集としては異例の厚さを誇る一冊。


 1997年から2011年にわたって世界各国で行われた「村上春樹へのインタビュー」をまとめたものだ。

 この本については、一部「分厚いだけで、同じことが繰り返されているだけ」という声もある。
 しかし私は、この「同じことが繰り返されている」という点が、本書最大の魅力だと思う。なぜなら、それだけ「村上春樹氏の伝えたいことが凝縮されている」ということになるからだ。
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 まず村上氏は、「どのようにして小説を書いているのか」という質問を、世界各国のインタビュアーから向けられる。このような質問を受けることは、人気作家の宿命であろう。
 そのたびに村上氏が言うのは、残念ながら具体的な手法ではない。

 とにかく自分の想像世界の奥深く、どこまでもどこまでも深い谷底にまで入り込んでいくのだという。

 そしてそのような想像世界は、誰の心の中にもあるという。

 しかし、そこから先で、「小説家」と「そうでない者」との違いが現れてくる。

 その奥深い想像世界から現実世界へと戻ってくるのは、実は非常に困難なことなのだが、「僕にはそれができる」
 つまり自分が他の人と違う点があるとするならば、おそらくその一点であろうと村上氏は語る。

 それはさながら、深い海底へ何十メートルと潜っていき、普通の人はそこで息絶えてしまうが、プロのダイバーは無事に地上へと戻ってくることができるかのようだ。

 先日、当ブログで紹介した内田樹著「街場の文体論」でも、その点については触れられている。
 日本屈指の「村上春樹研究者」である内田氏は、「クリエイティブ・ライティング」という授業の中で、「文章を書くこと」についてこう語っている。
 「作家の仕事とは『地下室の下の地下室』に入り込み、また戻ってくること」(「街場の文体論」本文引用)。
 そして村上氏はその過程を何十年と続けており、そのために体力づくりもしている、と。

 村上氏は30年以上、早朝に起き、仕事をし、マラソンに勤しみ、音楽を聴いて心に栄養を蓄え、早く寝るという生活を送っているという。
 しかしそれは、単に身体にしみこんだ習慣というわけではない。
 全ては、この「想像世界の奥深くに入り込み、また戻ってくる」という非常に体力を消耗する作業を行うためなのだ。
 当インタビュー集と内田氏の言葉を通して、私は「小説家という仕事は何と厳しいものなのか」と頭の下がる思いがした。

 他、村上春樹氏にとって、あの「地下鉄サリン事件」は非常に大きな影響を与えているということが、インタビュー全般を通して強くうかがえる。
 それはもしかすると、想像世界と現実とを行き来するという日々の作業に、とてつもなく大きな石を暴力的に投げつけられたようなものだったのかもしれない。

 そして一連のオウム事件を語る村上氏の言葉からは、「作家という仕事の使命」に真摯に向き合っている気持ちがひしひしと伝わり、思わず唇をかみしめ、涙がポロポロとこぼれた。
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 このインタビュー集を読んでいたら、何だかノーベル賞などどうでも良くなってきた。
 もちろん、「世界の村上春樹」がスウェーデンの授賞式典に立つ姿を見たいとは思うが、たとえ授与されなくとも、村上氏の「小説家」としての尊ぶべき作業、そしてそこから生み出された作品が、世界中の人々の気持ちと呼応しあうことに変わりはない。本書を通して、そのような確信をはっきりと持つことができたからだ。

 また私はこのインタビュー集を読み、村上春樹だけでなく「小説家」を職業としている人々全員への敬意が、改めてムクムクとわきあがってきた。

 村上春樹を、そして小説家というものを知るのには、ぜひ読むべき一冊。
 これを読むと、全ての小説への向き合い方が、今までと大きく変わってくることであろう。


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アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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