水のかたち 宮本輝

 どんなに小さくても、火種があるかぎりは、息を吹きかけることをあきらめてはならない。
(本文引用)
______________________________________

 この小説の題名を考えるとするならば、やはり「水のかたち」以外にはないだろう。
 
 水は、人の体を潤したかと思えば、時には岩のように硬くなり、時には一本の糸のように連なり、時には消えてしまう。

 これはまるで、人間のようではないか。

 人の心を潤したかと思えば、時として頑固になり、そして気がつけば人同士、延々とつながっていく。そしてあまりにも脆く儚く消えてしまう。

 しかし水も人も、やはり水は水でしかなく、人は人でしかない。根っこのところは変わることがないのだ。

 宮本輝氏は、今まで一貫して「人間には生まれながらに持っている品格があり、それは一生変わらない」ということを伝えている。私は、そんな宮本作品が好きだ。




 しかし今回は、そこからさらに一歩踏み込んで「情熱を持って生き切る」ということを、穏やかな筆致で鮮烈に描いている。
_______________________________
 
 主人公の能勢志乃子は、社会人と高校生の子供3人をもつ50歳の主婦。
 抜けるような白い肌と、いつも温かな笑みをたたえている、しとやかな女性だ。

 そんな彼女が、近所の喫茶店でいくつかの古道具をもらいうける。
 ガラクタ同然と思っていた茶碗や文机であったが、それらは思いもよらぬ価値をもつ物だった。
 そこから志乃子の人生は急展開するのだが・・・?
_______________________________

 これを読み、まず思ったのは「世の中、捨てたものではない」ということだ。

 真面目に一生懸命生きてはきたけれど、何だかそれで損をしてきたのではないか・・・。
 世の多くの人はそう感じながら、日々を過ごしていることだろう。

 しかしこの小説は、そんな真面目な人にとって、自信をもって人生を歩む原動力となるはずだ。

 主人公の志乃子は、清潔な人柄ゆえに、思わぬ値打ち物を手にして日々胸が苦しくなるほどに迷う。
 何の後ろめたさを感じる必要がないというのに、読んでいて苛立たしくなるほど悩み続ける。
 
 しかし、そんな志乃子だからこそ、白糸描く清流のように、どんどん善き人がつながっていく。
 辛抱強く誠実に生きることをやめなかったからこそ、多くの人が志乃子に共鳴し、彼女の元に次々と幸運が舞い込む。
 その様子には「ちょっとうまく行き過ぎでは?」などと思いつつも、宮本氏の緻密な描写から「案外世の中、そういうものかもしれない」と信じることができ、素直に嬉しい。

 「水清ければ魚棲まず」と言うが、それは自分が何かやましい考えを持ったときの言い訳だ。
 やはり清くありつづける水が、魚にとって最も心地よいのではないか、最も安心して住むことができるのではないか。
 志乃子の生き方、そして彼女を囲む人たちの清廉な佇まいを読み、心からそう感じた。

 何かに情熱を傾け、それで生計をたてようとすれば、必ず邪な考えが頭をもたげることがあるだろう。
 しかし、純粋な心で自分の信念を通せば、必ず誰かが見ていてくれ、その人が輝ける未来へと導いてくれる。
 それは夢物語かもしれないが、もう一度だけ、そんな夢を信じてみよう、この小説はそんな希望を思い起こさせてくれる。

 「一度しかない人生、思いっきり羽ばたいてみたい」と思いながらも、「この真面目さが邪魔をしてしまう」と考えている市井の多くの人に、ぜひお勧めしたい。
 なぜなら、この本は「真面目だからこそ、情熱をもつ資格がある」「真面目だからこそ、羽ばたける」ということを教えてくれるのだから。


詳細情報・ご購入はこちら↓


他の宮本輝作品のレビューはこちら→「草原の椅子」
                  →「三十光年の星たち」


ちなみに本小説に登場する「グールド」の「良さ」については、この本を読むとよくわかる。
 一緒に読めば、互いの本の魅力が数倍増すことだろう。↓



レビュー→「小澤征爾さんと、音楽について話をする」




関連記事
プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告