呉勝浩「白い衝動」は、「なぜ人を殺してはいけないのか」の疑問に迫る問題作。
評価:★★★★★
「残念ながら、この社会の中で、我々と幸福をわかち合う才能に欠けた者はいるのです。どうしても幸福が噛み合わない者たちが。」
(本文引用)
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呉勝浩の「白い衝動」は、そのテーマに真っ向からぶつかっていく。
主人公の奥貫千早はスクールカウンセラー。勤務先の私立校で、中高生の悩みに耳を傾ける日々だ。
ある日、一人の男子生徒が千早のもとを訪れる。彼は千早に、こんな思いを打ち明ける。
千早の学校の周辺をうろつく変質者とされており、学校で飼育しているヤギが重傷を負ったのもシロアタマの仕業と噂されている。しかし、その姿を実際に見た者はいない。
男子生徒は、続けてこう語る。
その頃、千早が住む街に、ある男が引っ越してくる。
男はかつて、未曽有の残虐事件を起こした人物だった。
「なぜ、人を殺してはいけないのか」、「人は人の生命や生き方を左右できるのか」
本書は、そのテーマについてじっくりと考察していく。
男子生徒の告白、重大事件の加害者の心理、その加害者に投げつけられる世間の悲鳴、犯罪被害者の訴え・・・。
その観点が実に多種多様なのが、本書の魅力。この物語ひとつで、殺人と人権について様々な思案をめぐらせることができる。
たとえば、犯罪加害者の「住む権利」をめぐる話し合いが興味深い。
世を震撼させる事件を起こした男は、出所後、とある街に住むことになるが、付近住民の反対が凄まじい。
確かに男は、決して許されない事件を起こした。しかしだからといって、住む場所を奪うわけにはいかない。そもそも、男がまた事件を起こすかどうかもわからないのだ。
人が人を殺すとはどういうことか。人が人を裁くとはどういうことか。
本書は裁判といった特殊な場所ではなく、学校や地域という身近な舞台で、そのテーマに深く斬りこんでいる。そのため、殺人と人権について他人事ではない思いで読むことができる。
「なぜ人を殺してはいけないのか」「人は人の生命や生き方を左右できるのか」
そんなことを考えなくてはいけない事態は、私のすぐそばにある。本書を読んでいると、心の底からそう思え、震えがくる。
途中にさしはさまれる、ミステリー仕立ての展開もよい。犯罪加害者に対してなされる、容赦ない人権侵害。その罠を、千早の公平な目が暴いていくくだりは、ミステリーファンも満足の名シーンだ。
インターネットが普及している今、むごい事件が起こると、すぐさま犯人叩きのビッグバンが起こる。本書は、そんな時代に読まれるべき小説といえるだろう。
「悪いことをした奴」と認定されると、プライバシーまで容易にはがされる。そしていつの間にか、悪者に対しては何をしてもよいといった空気が生まれる。
それは一見、正義を貫いているように見えて、結局は社会を崩壊させる危険な動きである。この物語は、殺人と人権のバランスを乱す「本当の犯人」をえぐり出しているのだ。
「なぜ、人を殺してはいけないのか」「人は人の生命を操作できるのか」
そのテーマを考えるためには、まず自分の裡にある「善意の皮をかぶった悪意」を認識しなくてはならない。己の心に潜む「白い衝動」を冷静に見つめ、制御しなくてはならない。
本書は、そんなことを教えてくれるのだ。
「残念ながら、この社会の中で、我々と幸福をわかち合う才能に欠けた者はいるのです。どうしても幸福が噛み合わない者たちが。」
(本文引用)
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日経新聞「目利きが選ぶ今週の3冊」で紹介されていたので、読んでみた。
今、死刑廃止論や相模原障害者施設殺傷事件などを通じて「人が人の生命を操作できるのか」が問題となっている。
人を殺してはいけないのは当然だ。死んで良い人間など、この世には一人としていない。しかし、あまりに凄惨な事件が起きた時などは、その思いはグラリと揺らぐ。
生命をもって償ってもらわないと、納得できないこともあるのではないか。
人はいかなる場合も、他者を殺してはいけないのか。それともそれが許されるときもあるのか。
今、死刑廃止論や相模原障害者施設殺傷事件などを通じて「人が人の生命を操作できるのか」が問題となっている。
人を殺してはいけないのは当然だ。死んで良い人間など、この世には一人としていない。しかし、あまりに凄惨な事件が起きた時などは、その思いはグラリと揺らぐ。
生命をもって償ってもらわないと、納得できないこともあるのではないか。
人はいかなる場合も、他者を殺してはいけないのか。それともそれが許されるときもあるのか。
呉勝浩の「白い衝動」は、そのテーマに真っ向からぶつかっていく。
●あらすじ
主人公の奥貫千早はスクールカウンセラー。勤務先の私立校で、中高生の悩みに耳を傾ける日々だ。
ある日、一人の男子生徒が千早のもとを訪れる。彼は千早に、こんな思いを打ち明ける。
シロアタマとは、今話題となっている化け物のあだ名だ。「もしもシロアタマが、人を殺してみたいという衝動を抱えているなら、排除するしかないと思います」
千早の学校の周辺をうろつく変質者とされており、学校で飼育しているヤギが重傷を負ったのもシロアタマの仕業と噂されている。しかし、その姿を実際に見た者はいない。
男子生徒は、続けてこう語る。
「ぼくは、人を殺してみたい」
「できるなら、殺すべき人間を殺したい。たとえばシロアタマのような奴を」
その頃、千早が住む街に、ある男が引っ越してくる。
男はかつて、未曽有の残虐事件を起こした人物だった。
●「白い衝動」のここが面白い!
「なぜ、人を殺してはいけないのか」、「人は人の生命や生き方を左右できるのか」
本書は、そのテーマについてじっくりと考察していく。
男子生徒の告白、重大事件の加害者の心理、その加害者に投げつけられる世間の悲鳴、犯罪被害者の訴え・・・。
その観点が実に多種多様なのが、本書の魅力。この物語ひとつで、殺人と人権について様々な思案をめぐらせることができる。
たとえば、犯罪加害者の「住む権利」をめぐる話し合いが興味深い。
世を震撼させる事件を起こした男は、出所後、とある街に住むことになるが、付近住民の反対が凄まじい。
確かに男は、決して許されない事件を起こした。しかしだからといって、住む場所を奪うわけにはいかない。そもそも、男がまた事件を起こすかどうかもわからないのだ。
人が人を殺すとはどういうことか。人が人を裁くとはどういうことか。
本書は裁判といった特殊な場所ではなく、学校や地域という身近な舞台で、そのテーマに深く斬りこんでいる。そのため、殺人と人権について他人事ではない思いで読むことができる。
「なぜ人を殺してはいけないのか」「人は人の生命や生き方を左右できるのか」
そんなことを考えなくてはいけない事態は、私のすぐそばにある。本書を読んでいると、心の底からそう思え、震えがくる。
途中にさしはさまれる、ミステリー仕立ての展開もよい。犯罪加害者に対してなされる、容赦ない人権侵害。その罠を、千早の公平な目が暴いていくくだりは、ミステリーファンも満足の名シーンだ。
●まとめ
インターネットが普及している今、むごい事件が起こると、すぐさま犯人叩きのビッグバンが起こる。本書は、そんな時代に読まれるべき小説といえるだろう。
「悪いことをした奴」と認定されると、プライバシーまで容易にはがされる。そしていつの間にか、悪者に対しては何をしてもよいといった空気が生まれる。
それは一見、正義を貫いているように見えて、結局は社会を崩壊させる危険な動きである。この物語は、殺人と人権のバランスを乱す「本当の犯人」をえぐり出しているのだ。
「なぜ、人を殺してはいけないのか」「人は人の生命を操作できるのか」
そのテーマを考えるためには、まず自分の裡にある「善意の皮をかぶった悪意」を認識しなくてはならない。己の心に潜む「白い衝動」を冷静に見つめ、制御しなくてはならない。
本書は、そんなことを教えてくれるのだ。