紙の月 角田光代

 いっそすべてがばれてくれればいい。
 (本文引用)
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 この小説を読んで以来、私はなるべく小銭から支払うようになった。

 160円のヨーグルト、580円の文庫本、1300円の初診料・・・。

 財布の中で小銭をカチャカチャ探るのが面倒で、ついポンと1000円札や5000円札を渡すことが少なくなかったが、この本を読んでから、10円玉や5円、1円玉を駆使して小銭で払うことが増えた(「後ろで他のお客さんが待っていない時」限定だが)。

 なぜなら、お金、特にお札が消えるのが怖くなったからだ。怖くて怖くて仕方がないとすらいえる。いったんお札を崩せば、驚くぐらいあっという間に消えてしまう。
 

 

お金というものは、多くあればあるだけ、なぜか見えなくなる。


 この小説に書かれている現象が、スケールが小さいながらも私の中で起こってしまう。今、それが恐ろしくてたまらない。

 2014年1月からNHKで放送されるドラマ「紙の月」
 その原作である本書は、「カネ地獄」に陥った人間たちを、尋常ではない生々しさで描いた傑作だ。
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 主人公の梅沢梨花は、ある日タイのチェンマイにいた。日本から逃げてきたのだ。

 銀行の契約社員として勤めていた梨花は、数年にわたって顧客の預金を横領、その額は約1億円にものぼる。
 今や容疑者として全国に指名手配されている梨花だが、かつては石鹸のように無垢で清楚な少女だった。

 正義感とボランティア精神に富み、お年寄りの長話に耳を傾け、夫に贅沢ひとつ言うことなく過ごしてきた梨花。

 そんな一人の女性が、気が付けば、とりつかれたように偽の預金証書づくりに没頭するようになっていた・・・。
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 本小説の見事なところは、この横領事件を単に「男に貢いだ事件」で片づけていない点だ。
 
 きっかけは確かに、小さな恋愛ごっこだったかもしれない。
 うんと年の離れた男子学生に好意をもたれ、ぴょんと跳ね上がりたくなるような気持ちになり、その勢いで高価な化粧品を買ってしまったことから顧客の金に手をつけるようになった。そういう意味では、恋が女を狂わせたともいえる。

 しかし、梨花を暴走させたのは、おそらくそれではない。
 お金を他人に出すことで「何か得意な気持ち」になることが真の理由。相手は誰だって良い。「今、目の前にいる誰かよりも自分が上にいる瞬間」という快楽を間断なく味わうことが、梨花をここまで走らせた所以なのである。
 
 こう考えると、決して他人事と思えなくなる。
 人は多かれ少なかれ「目の前の誰かより上に立ちたい」という欲望をもっている。その手段には学歴、家柄、職歴など色々あるであろうが、もしそれが「今、手元にあるお金」だったとしたら、これほど手っ取り早く「他人より上に立つ方法」もないのではないか。道ならぬ恋などしなくても、梨花になる可能性は誰でも秘めているのである。
 その「真の理由」への伏線として、高校時代のボランティア活動や、夫と交わした何気ない会話をじれったいほどつぶさに描写する技巧には、思わず唸った。さすがプロ中のプロの作家である。

 また、主人公は梨花だけではないというのも、この物語の大きな魅力だ。
 梨花と中学・高校時代を共にした同級生、料理教室で意気投合した雑誌編集者、かつて梨花とプラトニックな交際をしていた会社員、そしてその妻・・・。
 誰もが、まるでミイラ取りがミイラになるように、お金に操られまいとしてお金に操られている。
 程度の差こそあれ、梨花と同様に人生が瓦解していく様は、実録ドキュメンタリーさながらの大迫力だ。

 財布をのぞけば、数枚の千円札、念のための1万円札、クレジットカードやポイントカードが顔を見せる。
 「あなたたちはいったい、何者なの?」
 時にまん丸の姿を見せ、翌日には体が細り、何日か後には姿を消してしまう。
 財布の中の彼らは、まさに月のような存在なのである。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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