「ルパン、最後の恋」
ルパンは泥棒であるが、しかしだからといって社会の敵を気取っているわけではない。むしろルパン自身、「自分はごく普通の市民なんだよ・・・もし自分の腕時計を盗まれたら、泥棒だと叫ぶだろうね」と言っているくらいである。すなわちルパンは保守的で、社会的な、秩序を重んじる人間なのだ。
(「<付録>アルセーヌ・ルパンとは何者か?」より引用)
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だがこの作品のルパンは、そこから一歩も二歩も踏み出している。
愛する女性を徹底的に守り、あらゆる場面で自身の信念を力強く訴え、全てを味方につけてしまう。まさに「愛すべきヒーロー」としての姿が前面に打ち出されているのだ。
それは、ルパンがイギリス諜報部員と対決する場面でもうかがえる。
激しい対決の末、ルパンの人間性に魅了された諜報部員は、いささか揶揄する様子でルパンにこう話す。
「ありがとう。きみは本当に紳士だ。きみに現実を見る目(レアリスム)が欠けているのは残念だが」
しかしルパンは、静かに返答する。
「理想主義(イデアリスム)のほうがずっとすばらしいさ」
この作品にはおそらく、モーリス・ルブラン自身が世の中に訴えたかったことが存分に託されているのだろう。
フランスの厳しい階層社会、食料と愛情に飢え虐げられた子供たち、そんな荒廃した現実を日々目の当たりにしようとも、ルブランは小説を通して皆の幸福を願い続けたのではないだろうか。
世界中の人々の心を盗み続けたアルセーヌ・ルパンの姿は、まさにモーリス・ルブランそのものなのである。
「ルパン、最後の恋」。それはもしかすると、「ルブラン、最後の願い」だったのかもしれない。
(「<付録>アルセーヌ・ルパンとは何者か?」より引用)
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長年愛されるヒーローに共通しているもの、それは「譲れない美学を持っていること」ではないだろうか。
一見どんなに悪党でも、人の命をもてあそんだり、誇りを踏みにじったりすることはない。そしてその一方で、真に恥ずべき人間は徹底的にとっちめる。
だから誰もが彼の行いに地団駄を踏もうと、彼自身を憎むことはない。
いやそれどころか、彼を愛さずにはいられない。
そんな魅力的なヒーローの代表格が、このアルセーヌ・ルパン。
フランスの作家モーリス・ルブランが生んだ冒険推理小説の主人公。1905年に世に登場して以来、100年以上世界中で親しまれている世紀の大泥棒である。
ルパン・シリーズは「怪盗紳士ルパン」に始まり、「ルパン対ホームズ」、「奇岩城」、そしてアニメ「ルパン三世 カリオストロの城」のモデルとなった「カリオストロ伯爵夫人」等多数発表されているが、今回ご紹介する「ルパン、最後の恋」はルブランの息子クロードの希望により、世に出ることはなかった。
しかし時を経て2011年、ルブランの死後70年目にして孫娘が原稿を発見し、今回の公刊に至った。いわば幻の逸品と出会えるという幸福を、私たちは与えられたのである。
さて、その内容とは・・・。
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フランスの元外交官レルヌ大公が自殺した。財産を使い果たし、すさんだ暮らしへと堕ちていった末の選択だった。
大公は一人娘のコラ・ド・レルヌに遺書をのこしていた。
友である4人の男性を、後ろ盾としてコラのそばにつける。しかしそのなかには、何とアルセーヌ・ルパンがいるらしい。
そして大公は言う。
4人のうち、誰がルパンなのかを探りなさい。彼はきっとコラの大きな支えになるだろうから、と。
そのとき別の場所で、コラを思う、ある人物が動きを見せていた。
イギリス国王の近親者である男性が、コラに7億もの大金を送ったというのだ。
何とその男性こそがコラの実の父親で、コラを次期国王候補である人物と結婚させるために持参金を送ったというのである。
そんな大金が動いていると聞いて、不穏な動きを見せる悪漢たち。
コラの幸福を思い、お金を取り戻そうとする4人の男たち。
果たしてアルセーヌ・ルパンは誰なのか?そして大金は誰の手に?
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前述したように、この作品はルブランの息子クロードの希望により公刊に至らなかったのだが、その理由は「『奇岩城』のような傑作に及ばないから」というものだったらしい。
たしかに、ルパン得意の「読み手を撹乱する目くらまし」という点では物足りないかもしれない。胸のすくような「やられた感」というものはないかもしれない。
しかし、私はこの作品が好きだ。いや、この作品のルパンが好きだ。
なぜなら、少々気障な表現だが、「愛に生き、理想に生きる」姿が燃えるように描かれているからだ。
ルパンは常に「自分は普通の幸福を得てはいけない人間だ」と己に言い聞かせながら生きている。
どんなに心惹かれる女性が現れ、その思いが通じ合おうとも、飽くまで日陰の身であることを盾として思いを退けてしまう。
また、いつもどこか斜に構え、世を憐れ儚む厭世的なポーズをとっている。
一見どんなに悪党でも、人の命をもてあそんだり、誇りを踏みにじったりすることはない。そしてその一方で、真に恥ずべき人間は徹底的にとっちめる。
だから誰もが彼の行いに地団駄を踏もうと、彼自身を憎むことはない。
いやそれどころか、彼を愛さずにはいられない。
そんな魅力的なヒーローの代表格が、このアルセーヌ・ルパン。
フランスの作家モーリス・ルブランが生んだ冒険推理小説の主人公。1905年に世に登場して以来、100年以上世界中で親しまれている世紀の大泥棒である。
ルパン・シリーズは「怪盗紳士ルパン」に始まり、「ルパン対ホームズ」、「奇岩城」、そしてアニメ「ルパン三世 カリオストロの城」のモデルとなった「カリオストロ伯爵夫人」等多数発表されているが、今回ご紹介する「ルパン、最後の恋」はルブランの息子クロードの希望により、世に出ることはなかった。
しかし時を経て2011年、ルブランの死後70年目にして孫娘が原稿を発見し、今回の公刊に至った。いわば幻の逸品と出会えるという幸福を、私たちは与えられたのである。
さて、その内容とは・・・。
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フランスの元外交官レルヌ大公が自殺した。財産を使い果たし、すさんだ暮らしへと堕ちていった末の選択だった。
大公は一人娘のコラ・ド・レルヌに遺書をのこしていた。
友である4人の男性を、後ろ盾としてコラのそばにつける。しかしそのなかには、何とアルセーヌ・ルパンがいるらしい。
そして大公は言う。
4人のうち、誰がルパンなのかを探りなさい。彼はきっとコラの大きな支えになるだろうから、と。
そのとき別の場所で、コラを思う、ある人物が動きを見せていた。
イギリス国王の近親者である男性が、コラに7億もの大金を送ったというのだ。
何とその男性こそがコラの実の父親で、コラを次期国王候補である人物と結婚させるために持参金を送ったというのである。
そんな大金が動いていると聞いて、不穏な動きを見せる悪漢たち。
コラの幸福を思い、お金を取り戻そうとする4人の男たち。
果たしてアルセーヌ・ルパンは誰なのか?そして大金は誰の手に?
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前述したように、この作品はルブランの息子クロードの希望により公刊に至らなかったのだが、その理由は「『奇岩城』のような傑作に及ばないから」というものだったらしい。
たしかに、ルパン得意の「読み手を撹乱する目くらまし」という点では物足りないかもしれない。胸のすくような「やられた感」というものはないかもしれない。
しかし、私はこの作品が好きだ。いや、この作品のルパンが好きだ。
なぜなら、少々気障な表現だが、「愛に生き、理想に生きる」姿が燃えるように描かれているからだ。
ルパンは常に「自分は普通の幸福を得てはいけない人間だ」と己に言い聞かせながら生きている。
どんなに心惹かれる女性が現れ、その思いが通じ合おうとも、飽くまで日陰の身であることを盾として思いを退けてしまう。
また、いつもどこか斜に構え、世を憐れ儚む厭世的なポーズをとっている。
だがこの作品のルパンは、そこから一歩も二歩も踏み出している。
愛する女性を徹底的に守り、あらゆる場面で自身の信念を力強く訴え、全てを味方につけてしまう。まさに「愛すべきヒーロー」としての姿が前面に打ち出されているのだ。
それは、ルパンがイギリス諜報部員と対決する場面でもうかがえる。
激しい対決の末、ルパンの人間性に魅了された諜報部員は、いささか揶揄する様子でルパンにこう話す。
「ありがとう。きみは本当に紳士だ。きみに現実を見る目(レアリスム)が欠けているのは残念だが」
しかしルパンは、静かに返答する。
「理想主義(イデアリスム)のほうがずっとすばらしいさ」
この作品にはおそらく、モーリス・ルブラン自身が世の中に訴えたかったことが存分に託されているのだろう。
フランスの厳しい階層社会、食料と愛情に飢え虐げられた子供たち、そんな荒廃した現実を日々目の当たりにしようとも、ルブランは小説を通して皆の幸福を願い続けたのではないだろうか。
世界中の人々の心を盗み続けたアルセーヌ・ルパンの姿は、まさにモーリス・ルブランそのものなのである。
「ルパン、最後の恋」。それはもしかすると、「ルブラン、最後の願い」だったのかもしれない。