「名もなき毒」

「じゃ、普通の人間とはどういう人間です?」
「私やあなたが、普通の人間じゃないですか」
「違います」
「じゃ、優秀な人間だとでも?」
「立派な人間と言いましょうよ」

(本文引用)
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 宮部みゆきの小説を読むことは、宝探しに似ている。
 
 誰かが土中に埋めた宝を、汗だくになりながら、手を泥だらけにして探し出す。
 それと同じように、物語に隠された秘密や過去を暴くために、文字という大量の砂を掘り返す。
 それは苦しいことではあるが、同時に快楽でもある。
 それが、「宮部みゆきの小説を読む」ということである。

 この小説に埋められているのは、ずばり「毒」だ。
 それは、青酸カリといった毒物そのものだけではない。
 人間が誰しも持っている「名もなき毒」である。


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 主人公・杉村三郎は、巨大企業・今多コンツェルンで社内報作りを担当しているサラリーマン。
 妻と幼い娘がいるが、実は妻は今多コンツェルン会長の娘であり、自ずと豊かな生活が保障されている身の上だ。

 そんな杉村のもとに、新しくアルバイトの女性が入ってきた。
 その女性・原田いずみは、実は経歴詐称をはじめとした嘘で塗り固められた人物で、大変なトラブルメーカーだった。
 やむを得ず解雇を言い渡すと狂ったように反抗し、逆恨みから社員たちにセクハラやストーカーの濡れ衣を着せ、ついには命に関わるような大事件を起こす。
 これまでそうして生きてきたいずみは、会社からも家族からも絶縁される寂しい人生を送っていた。

 三郎がその対応に追われている間に、世の中では無差別連続殺人事件が起こっていた。
 コンビニで売られている紙パックのお茶を飲んだ人が、相次いで4人亡くなったのだ。
 お茶の中に青酸カリが入れられていたのが原因だが、いつ?誰が?何のために?

 ひょんなことから三郎は、事件の被害者の親族と懇意になり、犯人を暴き出すのだが・・・。
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 恐ろしい。実に恐ろしい物語だ。そして悲しい物語だ。
 
 己の理想像と実像とのギャップに苦しみ、華やかな嘘を重ねつづける原田いずみをはじめ、この小説では誰もが心の中に毒を持っている。
 祖父母・両親と夫婦仲が思わしくなく、家族というものに希望が持てない少女、虚弱体質で仕事が続かず将来を悲観する青年・・・。誰もが自分だけの毒を持ち、吐き続けている。
 そしてそれは、何も不幸な境遇だけに付いてくるものではない。
 主人公の三郎も毒を持っている。
 平和な家庭に育ち、今現在も何不自由なく恵まれた生活を送っているが故の無垢さ。
 それは時に猛毒となり、誰かを傷つけ苦しめる。

 冒頭の引用文は、原田いずみの過去や動向を探る探偵が、いずみのことを「普通の女性」と言ったことから始まった口論だ。
 どう考えても異常としか言いようがないいずみの人間性を「普通」と言われてしまった三郎は、納得がいかずに反論する。

 しかしそこで得た答は、心の毒を誰にも盛ることなく平穏な生活を送る私たちは、決して「普通の人間」なのではない。「立派な人間」なのだ、ということであった。

 体内に渦巻く毒を心の小ビンにしまい、社会生活を送ることが出来るのは、当たり前のようでいて実は至難の業であることを、本書は物語っている。

 常軌を逸した被害妄想、虚言癖、連続殺人・・・どれも「異常」の一言ですませられる事象ではあるが、その異常性の中に、どの人間にもあてはまる普遍性が見え隠れしている。
 だからこの物語は、直視するのが恐ろしく、直視できないほど悲しいのだ。

 この本を読み、自分の中にある「名もなき毒」に気づいたら、そのときこそ己の鉱脈を見つけたときだろう。
 それは汚れ澱んだ鉱脈かもしれないが、その汚れを自覚しない人生は、ひどく孤独で悲惨なものであろう。

 やはり、宮部みゆきの本を読むことは宝探しに似ている。
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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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