「母よ嘆くなかれ」

「モンスター・ペアレント」という言葉が聞かれて久しい。
これは一般に、「自分の子供のことしか見えない親」、引いては、そのために「理不尽な要求を突きつけてくる親」といわれている。
最近では、すでに成人した子供にあれやこれや過剰に世話を焼く親を、頭上を旋回し、トラブルが起きるたびに急降下する様から「ヘリコプター・ペアレント」という言葉まである。
まこと、親とは愚かなものである。

かくいう私も、いわゆるモンペ・ヘリ親にならないよう日々自己を見つめなおしては、「これでよかったんだ」と思ったり、「あれはダメだったな」と自己嫌悪に陥ったりの繰り返しである。

子供はたしかにかわいい。
しかし、遅かれ早かれ将来必ず社会に出る(いや、生まれ落ちた瞬間から社会に出たといってもよいか)のであるから、そこで生きていける力をつけさせなくてはならない。
いつまでも守ってはやれない。
「守らなくてはならない存在」であると同時に、「守らなくても良いように育てなければならない存在」である子供。
子育てで最も疲れるのは、そのどちらかに偏りすぎないようにするバランス運動なのかもしれない。

そんなとき、つい頼りにしてしまうのが、世にいう「賢人」の子育て体験談だ。

以前、「親の顔が見てみたい」というテレビ番組があった。なかなか面白かった番組で、各界著名人の親が出演し、その子育て論を聞くという内容であったが、それと同様で「世の中の立派な人は、どうやって子育てをしているのだろう。なにとぞアドバイスを!」と藁をもつかむ思いで手にとった本がこれであった。

「母よ嘆くなかれ」

ノーベル賞作家パール・バックの子育てをつづった書・・・。
しかしそこには、同じように、いやそれ以上に、はるかにそれ以上に、長く悩み苦しむ一人の母親の姿があったのである。

アメリカ人女流作家パール・バックは、生後まもなく両親の仕事の関係で中国にわたり、大学時代以外はほとんど中国に滞在した。その中国での生活の間に、彼女は結婚し、一人の女の子をもうけた。
彼女は自信があった。自分の産む子は、賢くて美しいと。
それは彼女がいわゆるインテリの家系に生まれ育ち、彼女自身もまた自分の優れた能力を自覚していたからだ。
そして産まれてきたわが子を、「とても利口そうな子でしょう?」とみなに自慢して見せるほどだった。(これは彼女が自慢屋というわけではなく、親なら誰でも持つ感情を、才媛である彼女も同様にもっていたにすぎないであろう。)

しかし、時がたつにつれ、その自信が揺らいでいく。
3歳をすぎても言葉を話さない。
「欲しいものを言ってごらん」と伝えても、その意味がわからない。
物を落としても、ただうなだれているだけ・・・。

娘の体が大きくなるにつれ、それに見合わない幼さをみせつけられ、パールの不安は増大していく。

そしてついに医師に娘を診てもらう。
一見何の異常も見当たらない金髪の美しい少女。
しかしどの医師に診せても、最終的にはやはり「お嬢さんは、たしかにどこか悪いところがある」という結論を下されるのである。

パールは必死だった。
「どこかに自分の子供を治してくれる人がいるにちがいないと信じてその人を探して、世界中を歩き回るのです。」(本文引用)

パールはお金を使い果たし、借金もし、治してくれる医師を見つけるためには何千キロもの移動もいとわなかった。

しかし、現実は残酷だった。

そんなある日、パールは1人のドイツ人医師と出会う。
偶然出会った、名も知らない医師はこういった。

「あなたが望みを捨て、真実を受けいれるのが最善なのです。でなければ、あなたは生命をすりへらし、家族のお金を使い果たしてしまうでしょう。(中略)奥さん、準備をなさってください。とくに、お嬢さんにあなたのすべてを吸い取ってしまうようなことをさせてはなりません。」(本文引用)

そして医師は続けて、娘さんが幸福に暮らせる場所を探し、あなたはあなたの生活をするようパールに告げる。

パールはその医師の言葉を聞いたとき、なんて無慈悲なことを言うのかとショックを受ける。
しかし後になり、医師がどんなに辛い気持ちでそう言ったか、そして本当はそう言ってほしかったのではないかという自らの気持ちに気づき、パールは後々まで、その医師に感謝の気持ちを持ち続けた。

その医師の言葉から、もう事実から目を背けまいと決意したパールは、それならば、と娘の素晴らしいところを見て心を和ますようになる。
娘はスケートもできるし、海岸を走ることもできる、感受性が豊かで音楽も大好きだ。
そんな娘の様子を微笑ましく見つめるパール。

しかし、どうしても絶望と悲しみの気持ちが沸き起こってしまう。
なぜなら、親である自分は、死ぬことでこの苦しみから逃れられるかもしれない。
しかし、残された娘はどうなるのだ。
この重度のハンディキャップを抱える娘は、私がいなくなったらどうなるのだ。

その不安だけはどうしても和らげることができなかったのだ。

この現実を受け入れよう、と心を立て直しつつも、発育に問題のない子供たちが成長していく姿をそこかしこで見せつけられるたびに、泥沼にすべり落とされたような気持ちになる・・・。
それがパールの日常であった。

時を経て、幼かった娘も、同年代の子達と交流をもつ年齢に達してきた。
しかしそこで現れてきたのが、娘に対する明らかな差別・偏見だった。

あの子と遊んじゃいけない、って、ママに言われたの。

そんな声がちらほらと聞こえ始めた。
そこでパールは決意する。娘を、誰からも軽蔑されない世界に送ろうと。
誰からも嫌がられない場所に連れて行こうと。

そこでパールは、学校に入れるために娘の能力を見極めようと、読み書き等を徹底的にやらせてみる。
この子はどこまでできるのか、ほら、ここまでできるじゃないか、次はどこまでできるかな・・・と、それはもう熱心に。

しかしある日、パールは娘の手が汗でビッショリになっていることに気づいた。
まだパールは、娘のありのままを受け入れることができていなかったのだ。
親の期待に応えようと汗だくになっていた娘の手をとり、パールは思った。

この子が幸せと感じられる場所を探そう。
幸せな場所、そう、この子の能力の範囲内で生活できる場所を。

パールは学園探しを始める。全寮制の学園だ。
見学してみると、いろんな学園があった。
良家の子女を集め、知的障害があるように見えないポーズを教えるのに必死の学園、
およそ生徒を人間ではなく家畜のように扱っている学園・・・。

そして何校かまわった末、やっと娘を任せられそうな学園に出会った。
園長は生徒一人ひとりに心を配り、子供たちはまるで自分の家にいるように伸び伸びと遊んでいる。そんな学園であった。

この学園にしようと決め、パールは娘を寄宿舎に預け、はりさけそうな心に目をつぶりながら家に帰る。
一ヶ月間は会わないという約束を取り付けて。

しかし一ヵ月後に会った娘は憔悴した様子で、母親の姿を見るなり飛びついてきた。
どうやら寄宿舎を抜け出そうとするなどの暴れぶりで、かなり先生方に叱られていたようであった。
パールはこの学園に預けたことを後悔し、娘を引き取って帰ろうとする。
しかし、園長は言う。

人間として他者とつながって生きていくためには、完全な自由でいるわけには行かない。
人として、最低限の務めは果たさないといけない、と。
そしてそれはある意味、公平であり、これから社会で生きていかなくてはならない娘さんにとって幸福につながるのだ、と。


パールは気づいた。
私は、娘は「何を言ってもわからない」と思っていたのではないか。
娘を愛しているつもりが、いつのまにか愛玩動物のように扱っていたのではないか、と。

しかし先生方は、健常児と同じように生徒たちに接し、教育や躾を行っていたのだ。
人がものを覚え、自制心をもち、習慣を体得していくのに知能は関係ない、と気づかされたのである。

最初は「家に帰りたい」といっていた娘は、次第に面会のたびに、学園を恋しく思うようになり、しまいには次の面会の約束をすると、自分から喜んで学園に帰っていくようになる。

そして同じ学園に通う生徒たちや保護者たちの姿を通して、パールは自身の「親としてのあり方」や、娘自身そして自分自身の人生を模索していくのである。

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これを読み、やはり親というものは、愚かな存在であると思った。
美しく愚かな存在である、と。
そして愚かであるがゆえに、無償の愛情をもって育てることができるのだ、と。
かつて、「うちの子いちばん可愛いな」というコピーがあったが、そんな愚かしい気持ちがあるからこそ、心血を注いで見返りを求めることなく育てることができるのだ。

だからこそ、セーブしてくれる第三者の目というものが必要なのだろう。

それを冷静に受け止め、近視眼的になりがちな子育てを、遠くから見つめることが重要なことはわかっている、わかっているのだが、頭では理解できてもなかなか心がついていかない。

そんな親というものの愚かしい気持ちや葛藤を、この本は実によく表していると思う。

この本は、いわゆる育児書のように「こうすればこんな子に育ってくれます」などと教えてくれるわけではない。
しかし、親は子供をどう受け止めるか、そしていずれ離れていく親子それぞれの人生をどう考えていくか、についての道標となってくれる書である。


プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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