「ぼくは勉強ができない」

川の石を見てみると、上流にはゴツゴツとした石が多く、下流には丸くツルリとした石が多い。
これは、石が川に流され転がっていくうちに、水の力に削られたり、あちこちで多くの岩や石にぶつかって割れたりしたためといわれている。

人生も、そんなものかもしれない。

小さくふくよかでツルツルの赤ん坊が、自我の芽生えとともにあちこち突起物を出しながら川に飛び込み、そして苦難や喜びに削られながら大人になっていく。

今回の本「ぼくは勉強ができない」は、そんな石ころの冒険を描いた小説だ。
石の名前は、時田秀美。
自称「勉強ができない」男子高校生である。


彼は、「勉強ができることなどどうでもいい。いちばん大事なのはモテること。僕はモテるから、これでいいのだ」と常々うそぶいている。
「罪と罰」のラスコーリニコフよろしく「自分は特別」と思い込んでいる節がある。

そんな彼のことだから、常に周囲に対し斜に構え、突っ張る態度をとっている。

ところが周りには、そんな彼を削ろう(?)と、時に硬く、時に柔らかい様々な岩がぶつかってくる。

とにかく勉強一筋で学年順位ばかりを気にしている、秀美とは真っ向から価値観が対立する秀才君。
学年一可愛いといわれている女の子に恋焦がれつつも、恥ずかしくて告白できず秀美に相談する同級生。
男の子の目線を意識した行動ばかりとる女の子たち。
かたやモテモテの秀美になびかない美少女。
クラスメイトの自殺。
サラダのおいしい作り方に顔をほころばせながら、秀美のオアシスであり砂漠でもあろうとする恋人。
理想に燃えるだけに、一筋縄にはいかない秀美に苛立ちをかくせない教師・・・。

そして、時に激しく、時にゆるやかに、秀美を見守り包みながら人生の川を運んでいく母親と祖父。

そんな彼らを冷めた目でみる秀美だが、結局、彼らにもまれて教えられてばかりいる。

特に秀美のメンターとなっているのは、祖父である。

何かと人を馬鹿にした態度をとる秀美をたしなめる祖父。彼に対し、秀美は言う。

「おじいちゃん、誤解しないで欲しいけど、何かハンデを持っている人のことを馬鹿にしたりはしないよ。」(本文引用)

さあて、どうかな、と祖父は秀美を見守る。

そこで、事件が起きる。

同じクラスに、給食後、必ず残ったパンを集める女子生徒がいた。彼女いわく「家に来る鳥さんにあげる」とのことだった。興味のない秀美は、パンを渡したことはなかった。
しかし、それは実は、彼女の家族が食べるものだったのだ。彼女の家が貧しく、筆記用具も用意できず教師からそっと渡されていることを知り、不憫に思った秀美は半分ほど残した自分のパンを「鳥さんに・・・」と彼女に渡す。
その途端、彼女は秀美にパンを投げつけ、机に突っ伏して大声で泣き出したのである。

何が何だかわからずショックを受けた秀美は、帰宅後、祖父にこのことを話す。
「お前は彼女のプライドをつぶしたんだ」とやんわりと叱る祖父に、「悪意はなかったんだ」と秀美は弁解する。

そこで祖父は言う。

「悪意をもつのは、その悪意を自覚したからだ。それは、自覚して、失くすことも出来る。けどね、そんなつもりでなくやってしまうのは、鈍感だということだよ。」(本文引用)

秀美の足元が、自信が大きく揺らいだ瞬間だった。
自分がいかに、何も知らずに、何も知ろうとせずに、鋭いつもりがナマクラに生きてきたのかを痛感させられる事件だった。
秀美は自己嫌悪に陥るが、それにより、秀美という石がさらに削られ、美しくなったのは間違いないだろう。

そして最終章(除番外編)、「ぼくは勉強ができる」のなかの一幕で母親は言う。

「そうか、秀美もそういう時期か。ぼくは、勉強はできないけど、女にはもてるなんて開き直ってる場合じゃないわね。悩める青春なのね。素敵だわ。うん、おおいに結構、しっかり悩んで母に楽をさせてくださいね。」(本文引用)

「ぼくは勉強ができない」

この「勉強」とは、国語や数学を指すものではなく、人間についての勉強なのだろう。
「ぼくは勉強ができない」とは、秀美がそれを自覚しはじめたことから出た言葉だったのだ。

大小硬軟さまざまな岩に削られ、人生という長い川を運ばれていく秀美。

これからどんな岩にぶつかり、誰に運ばれていくかはわからないが、「ぼくは勉強ができない」と自覚しつづけるかぎり、彼はダイヤモンドになっていく。なる可能性を秘めている。
そんな気がしてならない。


プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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