「小さなスナック」
ナンシー:
前にNHK教育の絵手紙講座見てたらさ、生徒が、先生のような味のある字、要するにへたっぽい字なんだけど、どうしても書けなくて、左手で書いてみましたっていうの。そしたら先生、大変いいところに気がつきました、って褒めるんだよ(笑)。それってほんと小手先の話じゃん。
リリー:
ここはバカボンのパパ的な人が出てきて「左足で描きましたのだ」くらいまで破壊してほしいね。
(本文引用)
_____________________________
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以前、「評伝 ナンシー関」のレビューでナンシー関の魅力について触れたが、この対談で、より深くその面白さ、鋭さがリリー氏共々浮かび上がってくる。
まず注目すべきは、どこへ転がるかわからないローリングストーンぶりと、まさに常軌を逸した脱線具合である。
あるときはリリーが石垣島に行った話から、ストレートにスキューバ・ダイビングの話になり、そしてネイチャー番組の小型カメラの話につながったと思ったら、気がつけば終着地点は恍惚の耳かき自慢。
またあるときは、ナンシーの自動車免許取得の話から、あまり間をおかずにカツラの話で盛り上がり、気がつけば場所は中条きよしの着物お見立て会。
さらにあるときには、共通の価値観の者同士で固まって生きることに苦言を呈し、異物の必要性を訴えるという真面目な話から、「そうそう異物といえば」といった調子で「某食品にフナムシが混入していた事件」へと発展し、どこがどうなったのか、広末涼子がGooのCMに出ているのが納得いかない、という話にまでもつれこんでいる。
一見めちゃくちゃな会話のようだが、よく考えれば世の多くの日常会話は「何でこの話、してるんだっけ?」といった行き先のわからぬミステリー列車のようなものであり、それが日々の生活を面白くしているのだ。
それまで話したこともなかった人と、ひょんな話題から仲良くなったり、尊敬していた人物の意外な趣味や性格が露呈したり・・・。
1つの言葉から始まる脱線、脱線、また脱線は、すればするほど人生に彩をもたらしてくれるのである。
そんな「素晴らしきおしゃべり」の魅力を余すところなく伝えてくれる本書だが、人並みはずれた好奇心と探究心をもつリリーとナンシーのこと、その広い守備と攻撃の範囲から、話題は想像もつかない方向へと勢いよく話が転がっていく。その様子がたまらなく面白い。
また、社会の規範や建前にとらわれない2人だけに、かなり言いたい放題の内容ではあるが、不思議なことにこれが全く下品ではない。いやむしろ爽やかな涼風ただよう品のよさすら感じる。
「歯に衣着せぬ発言が魅力」などというと、時々何でもズバズバ言えばいいと勘違いして、どんどん野犬のようになっていく有名人がいるが、この2人はそれがない。
「皆言葉には出さないが、これは誰もが感じているのではないか」という物事の灰汁の部分を、実に巧みにすくって軽やかに指摘する。
その代表格が、冒頭で挙げた引用部分、「絵手紙に対する疑問」だが、他にも
「耳掃除をする際に、耳かき棒を長く持ったまま、いきなり始めようとする人間は信用できない」
「字の汚い領収書は効果がなさそう」
「『リ』と『ソ』、『シ』と『ツ』の書き方をうやむやにしたまま暮らしている人がいる」
・・・といった、「たいしたことではないのだが、結構気になる」ことがためらいなく指摘されている。
いろいろ長々と書いてきたが、一言で言って「ものすごく自由な気持ちになれる本」。
思い切り笑いたい、そしてできれば胸のすくような思いもしたい、という人に全力でおすすめする一冊である。
前にNHK教育の絵手紙講座見てたらさ、生徒が、先生のような味のある字、要するにへたっぽい字なんだけど、どうしても書けなくて、左手で書いてみましたっていうの。そしたら先生、大変いいところに気がつきました、って褒めるんだよ(笑)。それってほんと小手先の話じゃん。
リリー:
ここはバカボンのパパ的な人が出てきて「左足で描きましたのだ」くらいまで破壊してほしいね。
(本文引用)
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「笑いたいね」
「笑いたいね。もう内臓が裏返るほどに」
「声は出さなくてもいいんだけど、息ができなくなって意識が混濁するほど笑いたいね」
先日、家族でこんなことを話した。
1日1回は大声を上げて盛大に笑ってしまう私であるが、心の奥底からマグマのようにわきあがる笑いというものには、残念ながらなかなか出会えない。
その脇で、子供は、しばしばのたうちまわって笑っている。
いったい何がそんなに面白いのかは謎なのだが、その姿がとても羨ましい。
そんな私にとっての一服の清涼剤が、この本「小さなスナック」。
リリー・フランキーとナンシー関による、珠玉の対談集である。
「笑いたいね。もう内臓が裏返るほどに」
「声は出さなくてもいいんだけど、息ができなくなって意識が混濁するほど笑いたいね」
先日、家族でこんなことを話した。
1日1回は大声を上げて盛大に笑ってしまう私であるが、心の奥底からマグマのようにわきあがる笑いというものには、残念ながらなかなか出会えない。
その脇で、子供は、しばしばのたうちまわって笑っている。
いったい何がそんなに面白いのかは謎なのだが、その姿がとても羨ましい。
そんな私にとっての一服の清涼剤が、この本「小さなスナック」。
リリー・フランキーとナンシー関による、珠玉の対談集である。
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以前、「評伝 ナンシー関」のレビューでナンシー関の魅力について触れたが、この対談で、より深くその面白さ、鋭さがリリー氏共々浮かび上がってくる。
まず注目すべきは、どこへ転がるかわからないローリングストーンぶりと、まさに常軌を逸した脱線具合である。
あるときはリリーが石垣島に行った話から、ストレートにスキューバ・ダイビングの話になり、そしてネイチャー番組の小型カメラの話につながったと思ったら、気がつけば終着地点は恍惚の耳かき自慢。
またあるときは、ナンシーの自動車免許取得の話から、あまり間をおかずにカツラの話で盛り上がり、気がつけば場所は中条きよしの着物お見立て会。
さらにあるときには、共通の価値観の者同士で固まって生きることに苦言を呈し、異物の必要性を訴えるという真面目な話から、「そうそう異物といえば」といった調子で「某食品にフナムシが混入していた事件」へと発展し、どこがどうなったのか、広末涼子がGooのCMに出ているのが納得いかない、という話にまでもつれこんでいる。
一見めちゃくちゃな会話のようだが、よく考えれば世の多くの日常会話は「何でこの話、してるんだっけ?」といった行き先のわからぬミステリー列車のようなものであり、それが日々の生活を面白くしているのだ。
それまで話したこともなかった人と、ひょんな話題から仲良くなったり、尊敬していた人物の意外な趣味や性格が露呈したり・・・。
1つの言葉から始まる脱線、脱線、また脱線は、すればするほど人生に彩をもたらしてくれるのである。
そんな「素晴らしきおしゃべり」の魅力を余すところなく伝えてくれる本書だが、人並みはずれた好奇心と探究心をもつリリーとナンシーのこと、その広い守備と攻撃の範囲から、話題は想像もつかない方向へと勢いよく話が転がっていく。その様子がたまらなく面白い。
また、社会の規範や建前にとらわれない2人だけに、かなり言いたい放題の内容ではあるが、不思議なことにこれが全く下品ではない。いやむしろ爽やかな涼風ただよう品のよさすら感じる。
「歯に衣着せぬ発言が魅力」などというと、時々何でもズバズバ言えばいいと勘違いして、どんどん野犬のようになっていく有名人がいるが、この2人はそれがない。
「皆言葉には出さないが、これは誰もが感じているのではないか」という物事の灰汁の部分を、実に巧みにすくって軽やかに指摘する。
その代表格が、冒頭で挙げた引用部分、「絵手紙に対する疑問」だが、他にも
「耳掃除をする際に、耳かき棒を長く持ったまま、いきなり始めようとする人間は信用できない」
「字の汚い領収書は効果がなさそう」
「『リ』と『ソ』、『シ』と『ツ』の書き方をうやむやにしたまま暮らしている人がいる」
・・・といった、「たいしたことではないのだが、結構気になる」ことがためらいなく指摘されている。
そしてそれが傲慢にならないのは、この2人が「他人ではなく、自分を笑う」という美徳を兼ね備えているからであろう。
「ヤフオクでの中古車購入」「どうしても川魚の臭いがしてしまうカレー作り」「水疱瘡を友達にうつして台無しになった修学旅行」・・・等々、インパクトの強い失敗談(特にリリー氏)が汲めども尽きぬ様子で語られるのだが、もうそれが抱腹絶倒ものの可笑しさ。
何度読んでも涙が出るほど笑え、また同時に自分の過去の失敗なども思い出され、面白さが何倍にも膨らんでいく。
そして、真の笑いには、まず「自分を笑い飛ばす強さと謙虚さ」が必要なのだと気づかされる。ああ、何という爽快な気分だろう。
「ヤフオクでの中古車購入」「どうしても川魚の臭いがしてしまうカレー作り」「水疱瘡を友達にうつして台無しになった修学旅行」・・・等々、インパクトの強い失敗談(特にリリー氏)が汲めども尽きぬ様子で語られるのだが、もうそれが抱腹絶倒ものの可笑しさ。
何度読んでも涙が出るほど笑え、また同時に自分の過去の失敗なども思い出され、面白さが何倍にも膨らんでいく。
そして、真の笑いには、まず「自分を笑い飛ばす強さと謙虚さ」が必要なのだと気づかされる。ああ、何という爽快な気分だろう。
いろいろ長々と書いてきたが、一言で言って「ものすごく自由な気持ちになれる本」。
思い切り笑いたい、そしてできれば胸のすくような思いもしたい、という人に全力でおすすめする一冊である。