「眼下に地球を見ているとね、いま現に、このどこかで人間と人間が領土や、イデオロギーのために血を流し合っているというのが、ほんとに信じられないくらいバカげていると思えてくる。いや、ほんとにバカげている。声をたてて笑い出したくなるほどそれはバカなことなんだ」(本文引用)
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2013年11月7日、宇宙飛行士の若田光一さんが乗り込んだロシアのソユーズ宇宙船が打ち上げられた。
若田さんは来年3月から2ヶ月間、船長として国際宇宙ステーション(ISS)の指揮をとる。
これは日本人初の快挙で、その点でも非常に注目されたなかでの打ち上げだった。
(若田さんがいかに優秀であるかは、
「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」にも書かれている。この本からは、若田さんの技術力・人間力の高さをうかがい知ることができる。ちなみにこの本は、先日飛行が決まった大西卓哉さんの人柄等にも触れることができ、非常に面白い。)
そこで今回再読したのが、立花隆著
「宇宙からの帰還」。宇宙飛行士は、地球を離れる前と後とでどのように変わったか。アストロノーツ達の人生をつぶさに追った、科学系ノンフィクションの名著である。
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本書はまず、宇宙空間の解説から始まる。
「宇宙船と宇宙服の内部に地球環境を閉じ込めて」いく宇宙飛行とは、いかにリスキーで特異なものか。それについて、大気や時間、重力等の視点から細かく解説していく。
たとえば、まず宇宙空間の特徴として挙げられる「真空状態」について。
真空すなわち気圧がないということは、たとえ酸素があったとしても体内に取り入れることができないということだ。
またたとえ酸素吸収ができたとしても、気圧が極端に下がると体液が沸騰して、人は死んでしまう。
「人体は一見固体のように見えるが、実は、膜に包まれた液体といったほうが近い存在なのである」
つまり気圧がなくなると、水風船のような我々人間は破裂してしまうのだ。
その解説ひとつとっても、宇宙に人間が身をおくことの過酷さがよくわかる。
しかし逆に、こんな長所もある。
重力がないということは、上下も縦横もないということ。よって、まさに縦横無尽に空間を使うことができるため、窮屈そうな宇宙船内を余裕をもって過ごすことができるという。(これは一度、体験してみたい・・・)
本書では、宇宙空間という特殊な状況について、実に細かくわかりやすく説明されているため、きっと小中学生が読んでも楽しめる。本書が、一家に一冊はある名著であるのもうなずける。
さて、そろそろ本題へ。
前述したように、この本では「地球を離れる前と後とで、宇宙飛行士たちはどう変わったか」を追っている。
彼らは地球に帰還した後、様々な言葉を残している。それは、
「宇宙体験をすると、前と同じ人間ではありえない」
「行く前は腐った畜生野郎だったが、いまはただの畜生野郎になった」
など様々だが、だいたい共通している感想はこの2点。
「地球をまるごと1つのものとして見なし、人間はその部分にすぎない」
「我々は地球でしか生きられない」
ということである。
そのような思いは、環境破壊や戦争に対する虚しさと怒りにつながり、帰還後、政界に入った者、環境ビジネスをはじめた者などが比較的多く見受けられる。
これらのエピソードを読んでいると、日本人宇宙飛行士・毛利衛さんの
「宇宙から国境は見えない」という名言も大いにうなずける。おそらく用意していた言葉ではなく、率直にそう思ったのであろう。TBS記者として宇宙に旅立った秋山豊寛さんが、帰還後TBSを退社し農業に従事したというのも理解できる。
また、アメリカでは欠かせない宗教観の変化も面白い。
敬虔なクリスチャンとなった者、逆に敬虔なクリスチャンであったにも関わらず信仰心を失った者、もともと信仰心がそれほどなく帰還後も変わらなかった者。それぞれへのインタビューやその後の人生の辿り方は、非常に興味深い。
なかでも、予期せぬ困難がいくつも襲いかかる宇宙飛行において、とっさに正しい判断を行うことができたのは神によるお導きにちがいないと、より信仰を深めたという飛行士の言葉には「あ~、そういう考えもあるのか」と妙に納得。
かたや、宇宙飛行を通じてテクノロジーへの信用を深め、特に神への信仰も篤くならなかったという者もいる。信仰が空しくなり、精神を病んだという者も・・・。
宇宙に飛んだからといって誰もが同じ心境になるとは思わないが、この三者の相違は、私が日頃宗教というものを意識していないせいか実に新鮮であった。
(やや話は脱線するが、ガガーリンが宇宙を周回したのちに「天には神はいなかった」と言ったことから、アメリカがロシアとの宇宙飛行競争に熱をあげたという話には、失礼ながら笑った。アメリカはガガーリンの言葉を、神への冒涜、アメリカへの挑発と受け取ったのである)
このように本書には、宇宙前・宇宙後のアストロノーツたちの方向転換が数多く紹介されているが、これは読んでいる側の発想の転換をも呼び起こす。
地球は宇宙の小さなひとつであり、さらに人間はその地球の一部にすぎず、地球以外では決して生きられない。そのようななかで血を流して争うことが、いかに虚しく馬鹿馬鹿しいか。
宇宙飛行士の体験にもとづく主張は、並々ならぬ説得力をもち、読む者の心を強く揺さぶる。
若田光一さんは今、地球に対しどのような思いをもって仕事に励んでおられるのか。地球や人類をどのように捉えているのか。
帰還後の言葉に、ぜひ耳を傾けたい。