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がんと闘った科学者の記録  戸塚洋二著・立花隆編

評価:★★★★★

「あと18カ月元気でいてくれれば、日本人みんなを大喜びさせてくれる可能性も多分にあった」
(序文より引用)
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 今月10日、ストックホルムでノーベル賞授賞式が行われた。
 このたび物理学賞を受賞した梶田隆章氏は、今回の式典にこの方を招こうとしたという。故・戸塚洋二氏の妻・裕子さん――。

 戸塚洋二氏とは、素粒子ニュートリノの観測施設「スーパーカミオカンデ」を共に率いた物理学者。本書は、その戸塚氏が、がんに倒れてから亡くなるまでの魂の記録である。
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 本書には、同じがん患者である立花隆氏との交流記録と、戸塚氏のブログが載せられている。
 巻末の対談で、戸塚氏が「研究者という職業柄、自分の病状を観察せずにはいられない」と語っているとおり、その闘病記録はデータなども細かく記されており、一見、まるで医師による患者の診察記録のようにみえる。



 しかし読めば読むほど、そこにいるのは「研究者」ではなく「一個の人間」だと感じずにはいられない。もうすぐ死を迎えると宣告された人間にしかわからない、「死への恐怖」が、そこはかとなく漂っている。 

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ぼくらの頭脳の鍛え方 ~必読の教養書400冊~ 立花隆/佐藤優

 私がこの出版不況の中で、今、一番危惧を抱いているのは血液型占い本の流行です。(本文引用)
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 これは「頭脳の鍛え方」を伝授する本ではない。日本を代表する知識人2人が、「ぼくらの頭脳の鍛え方」の一端を披露した本である。
 よって、脳科学に基づく「脳の鍛え方」でもなく、頭を良くする具体的なハウツーでもないため、即効性は見込めない。

 しかし、これを読めば、自分の頭と心に、盤石な「知」の土台を作ることができる。「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」、「急がば回れ」――そんな精神を地で行く「教養のつけ方指南書」である。
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 本書は、立花隆氏と佐藤優氏の対談形式で構成されている。


 まず両氏は、脳を作るのに読書は必須であることを主張。かつて、民衆を操作しやすくするために、読書を禁じ思考回路を停止させたという独裁者らのエピソード等を用いて、紙の本を読むことの重要性を唱える。
 対談はその後、20世紀への振り返りや、ニセ科学への警告、教養、知の全体像へと話が移っていくが、そこで感じるのは、「今こそ、本を読む時代だ」ということである。

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四次元時計は狂わない ~21世紀 文明の逆説~ 立花隆

 まあ、「山より大きいイノシシは出ない」と思うしかない。(本文引用)
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 読みながら、目の前がどんどん晴れやかになってくる本だ。
 何しろ、あの「知の巨人」の飽くなき知的好奇心・知的興奮が詰まっている。
 もはや、世の中の全てを知っていてもおかしくない「知の巨人」は、今、何に驚き、奮起し、絶望し、希望を見出しているのか。

 がん闘病と東日本大震災を経て、立花隆氏が唱える「日本再生」論。これは、著者と読者が一体になって、新たな発見や認識を喜び合うことができる爽快な一冊だ。
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 本書は、文藝春秋の連載随筆「日本再生」をまとめたものだ。
 戦争、大震災・・・様々な難事に襲われつつも、どうにかこうにか切り抜けてきた日本。次は何がいつ来るかわからないが、その時は「50、60の鼻たれ小僧」が何とかしてくれるだろうと、70代の立花氏は語る。


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宇宙からの帰還 立花隆

 「眼下に地球を見ているとね、いま現に、このどこかで人間と人間が領土や、イデオロギーのために血を流し合っているというのが、ほんとに信じられないくらいバカげていると思えてくる。いや、ほんとにバカげている。声をたてて笑い出したくなるほどそれはバカなことなんだ」
(本文引用)
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 2013年11月7日、宇宙飛行士の若田光一さんが乗り込んだロシアのソユーズ宇宙船が打ち上げられた。
 若田さんは来年3月から2ヶ月間、船長として国際宇宙ステーション(ISS)の指揮をとる。

 これは日本人初の快挙で、その点でも非常に注目されたなかでの打ち上げだった。
 (若田さんがいかに優秀であるかは、「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」にも書かれている。この本からは、若田さんの技術力・人間力の高さをうかがい知ることができる。ちなみにこの本は、先日飛行が決まった大西卓哉さんの人柄等にも触れることができ、非常に面白い。)


 そこで今回再読したのが、立花隆著「宇宙からの帰還」。宇宙飛行士は、地球を離れる前と後とでどのように変わったか。アストロノーツ達の人生をつぶさに追った、科学系ノンフィクションの名著である。
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 本書はまず、宇宙空間の解説から始まる。「宇宙船と宇宙服の内部に地球環境を閉じ込めて」いく宇宙飛行とは、いかにリスキーで特異なものか。それについて、大気や時間、重力等の視点から細かく解説していく。
 
 たとえば、まず宇宙空間の特徴として挙げられる「真空状態」について。
 真空すなわち気圧がないということは、たとえ酸素があったとしても体内に取り入れることができないということだ。
 またたとえ酸素吸収ができたとしても、気圧が極端に下がると体液が沸騰して、人は死んでしまう。 

「人体は一見固体のように見えるが、実は、膜に包まれた液体といったほうが近い存在なのである」

 つまり気圧がなくなると、水風船のような我々人間は破裂してしまうのだ。

 その解説ひとつとっても、宇宙に人間が身をおくことの過酷さがよくわかる。

 しかし逆に、こんな長所もある。
 重力がないということは、上下も縦横もないということ。よって、まさに縦横無尽に空間を使うことができるため、窮屈そうな宇宙船内を余裕をもって過ごすことができるという。(これは一度、体験してみたい・・・)

 本書では、宇宙空間という特殊な状況について、実に細かくわかりやすく説明されているため、きっと小中学生が読んでも楽しめる。本書が、一家に一冊はある名著であるのもうなずける。

 さて、そろそろ本題へ。
 
 前述したように、この本では「地球を離れる前と後とで、宇宙飛行士たちはどう変わったか」を追っている。
 彼らは地球に帰還した後、様々な言葉を残している。それは、 

「宇宙体験をすると、前と同じ人間ではありえない」

 

「行く前は腐った畜生野郎だったが、いまはただの畜生野郎になった」

 など様々だが、だいたい共通している感想はこの2点。

「地球をまるごと1つのものとして見なし、人間はその部分にすぎない」
「我々は地球でしか生きられない」

 ということである。

 そのような思いは、環境破壊や戦争に対する虚しさと怒りにつながり、帰還後、政界に入った者、環境ビジネスをはじめた者などが比較的多く見受けられる。
 これらのエピソードを読んでいると、日本人宇宙飛行士・毛利衛さんの「宇宙から国境は見えない」という名言も大いにうなずける。おそらく用意していた言葉ではなく、率直にそう思ったのであろう。TBS記者として宇宙に旅立った秋山豊寛さんが、帰還後TBSを退社し農業に従事したというのも理解できる。

 また、アメリカでは欠かせない宗教観の変化も面白い。
 
 敬虔なクリスチャンとなった者、逆に敬虔なクリスチャンであったにも関わらず信仰心を失った者、もともと信仰心がそれほどなく帰還後も変わらなかった者。それぞれへのインタビューやその後の人生の辿り方は、非常に興味深い。

 なかでも、予期せぬ困難がいくつも襲いかかる宇宙飛行において、とっさに正しい判断を行うことができたのは神によるお導きにちがいないと、より信仰を深めたという飛行士の言葉には「あ~、そういう考えもあるのか」と妙に納得。
 かたや、宇宙飛行を通じてテクノロジーへの信用を深め、特に神への信仰も篤くならなかったという者もいる。信仰が空しくなり、精神を病んだという者も・・・。
 宇宙に飛んだからといって誰もが同じ心境になるとは思わないが、この三者の相違は、私が日頃宗教というものを意識していないせいか実に新鮮であった。
 (やや話は脱線するが、ガガーリンが宇宙を周回したのちに「天には神はいなかった」と言ったことから、アメリカがロシアとの宇宙飛行競争に熱をあげたという話には、失礼ながら笑った。アメリカはガガーリンの言葉を、神への冒涜、アメリカへの挑発と受け取ったのである)

 このように本書には、宇宙前・宇宙後のアストロノーツたちの方向転換が数多く紹介されているが、これは読んでいる側の発想の転換をも呼び起こす。

 地球は宇宙の小さなひとつであり、さらに人間はその地球の一部にすぎず、地球以外では決して生きられない。そのようななかで血を流して争うことが、いかに虚しく馬鹿馬鹿しいか。
 宇宙飛行士の体験にもとづく主張は、並々ならぬ説得力をもち、読む者の心を強く揺さぶる。

 若田光一さんは今、地球に対しどのような思いをもって仕事に励んでおられるのか。地球や人類をどのように捉えているのか。
 帰還後の言葉に、ぜひ耳を傾けたい。


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精神と物質  利根川進/立花隆

 「サイエンスなんて、世界中の何億という人間がこれまでどうしても考えつかなかったことを考えつこうというアクティビティでしょう。ものすごい知的エネルギーの集中が必要なわけですよ。頭の中に他のことがあったらできっこないんです。しょっちゅうそれだけを考えてることが必要なんです。だから最近研究室から早く帰って子供と遊んだりすると、オレも昔とくらべると堕落したもんだなと思うね(笑)」
(本文引用)
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 今さら言うまでもないが、2012年のノーベル生理学・医学賞に、京都大学の山中伸弥教授が選ばれた。
 
 そこで山中教授および松本京大学長へのインタビューなどを読んだところ、優れた研究には以下の3つが必要であることがわかった。

 「集中力」「自由」、そしてその両方をかなえる「資本」だ。

 山中教授は、iPS研究のプロジェクトを高橋和利氏(現京大講師)に任せる際、「俺が生きている限り雇ってやるから好きにやれ」と言い、その結果、あっという間にiPS細胞ができてしまったという。(日本経済新聞 2012年10月11日 朝刊 特集面より)


 さらに日本経済新聞では、それらのインタビューおよび「日本が西洋に比べ基礎研究が立ち遅れている」といった現状から、若手研究者の雇用確保および資金配分の見直しなどを主張している。

 そして遡ること25年前、ある日本人も「集中力・自由・資本」を元手に研究に研究を重ね、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 その人の名は、利根川進。

 本書は、当時「100年に一度の大研究」と賞賛され世界最高の栄誉に輝いた人物に、「知の巨人」立花隆が挑んだインタビュー集。
 つまり、日本有数の頭脳同士が邂逅した国宝ともいえる一冊である。
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 インタビューは、利根川氏がいったいどの程度の知識から研究に入っていったのかから始まる。そこで驚いたのは、何と「大学入学当時は、人間の体が細胞でできていることすら知らなかった」という発言だ。

 このような、思わず利根川氏が「これ、書かないでくださいよ」と言ってしまうような言葉から、どんどん「100年に一度の大研究」に至るまでの経緯が解き明かされていく。

 安保闘争に沸く大学、その結果生まれた虚脱感、分子生物学を選んだ理由、研究への没頭、留学、マウスを殺すことへの抵抗感、そしてそれに慣れることへの恐怖・・・等、実に多種多様な方面から「研究者・利根川進」の輪郭を浮き彫りにしていく。

 そのなかで印象的だったのは、(これは山中教授も語っていることであるが)「研究は失敗の繰り返し」であり、さらに「失敗しても失敗しても、決して諦めないことが科学者の条件」ということである。

 それは本書中の、実験に関する非常に詳細な説明からもよくわかる。

 しかしその一方で、利根川氏の口からは意外にも「運」という言葉も聞かれる。

 これは単に、幸運や不運といった意味ではない。
  「自然はロジカルでなく、よって理詰めに考えてもわかるものではない。たまたまそうなっている偶然の積み重ねである。故に大発見は『運』によるものが大きい」。そして正しい方向に仮説を立てられることも「運」だという。

 飽くまで具体的な実験を通して、普遍的・一般的な事象を発見することが必須である科学の中で殊更「運」などと言われると、ずぶの素人である私は「科学とは何だ?精神と物質とは何だ?」などと戸惑ってしまう。

 察するに「目に見えないもの」を「目に見えるもの」にしていく科学者という仕事は、そういった数え切れないほどの「偶然」との闘いなのだ。
 これでは、幾多の失敗にも負けない不撓不屈の精神と粘り強い努力が要るはずだ。読んでいて気が遠くなる思いだ。

 そして本書を通し改めて、優れた研究には「集中力」、「自由」、「資本」が必要であることを感じた。

 果てのない偶然の集まりから、ひとつの必然を見つける。

 その途方もない労働を続けるには、その人本来がもつ集中力のほかに、世界的研究の中心地で、生活の心配をすることなく伸び伸びと仕事ができる自由と資本。
 やはりこの3つは不可欠なのではないか、と私は思う。

 最後に、利根川教授からここまで幅広く奥深い話を引き出した立花隆氏の手腕に、心から大きな拍手を贈りたい。


プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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