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「罪の轍」感想。「つかまるな!」と思わず叫んだ異色ミステリー。犯人が逃げ続ける理由に涙。

評価:★★★★★

「何で自分が生きてるのか、今までわからなかった」
(本文引用)
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 生まれて初めて、犯人に「つかまらないで!」と叫んだ。

 そして刑事も犯人にこう言った。 

 「死なんでくれ。お前ともっと話がしたい」


  「犯人につかまってほしくない」と、心から願ったミステリーは、本書が初めてだ。
 
 重罪を犯した人物に、「逃げろ」なんて言語道断。

 でもラストで「犯人が逃げ続ける理由」を知ったら、「つかまるまで猶予がほしい」と願わずにいられなかった。
 「今すぐにつかまえろ!」とは、どうしても思えなかったのだ。


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■「罪の轍」あらすじ



 時は1963年。
 東京オリンピックを翌年に控え、日本中が高揚していたときだ。

 そんなとき、7歳の少年・吉夫が誘拐される。
 しかし吉夫の家は貧しく、身代金も少額。
 
 あまりにハイリスク・ローリターンな犯行に、警察も首をかしげる。

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 捜査線上にあがったのは、ひとりの青年。
 
 故郷で軽微な犯罪を重ね、反社会的勢力とも付き合いあり。
 資産家老人殺人事件にも関与している。

 だがどう考えても、「誘拐」などという大それたことはできそうにない。

 吉夫を誘拐したのは、いったい誰なのか。
 犯人が重罪をおかした理由、そして、何が何でも逃げ続けようとする事情とは? 
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■「罪の轍」感想



 ドンと587頁、まっったく飽きることなく一心不乱で読んだ。

 何しろ最後の最後まで、真相は皆目つかめぬまま。
 犯人の「やや特殊な性質」も相まって、敏腕刑事も五里霧中。
 
 文章の読みやすさ・会話のテンポの良さも相まって、自分も捜査している気分に。
 刑事と一緒に頭を抱え、振り回されているうちにアッという間に読み終えてしまった。
 
 さらにもうひとつ、600頁一気読みした理由。
 それは容疑者に対し、体の奥から愛情がわいたからだ。

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 容疑者の孤独、低い自尊心、そして壮絶な過去の後遺症・・・容疑者の深い悲しみを知れば、どうしたって憎めない。

 無論、やったことは絶対許せない。
 しかし罪を犯す前に、どうにか容疑者を救えなかったか。
 死刑台に上がるまで、少しでも容疑者の人生を救いのあるものにできないか。

 容疑者の現在・過去・未来に思いをはせるうちに、気づけば残すところ数ページとなっていた。

 今まで数多のミステリーを読んできたが、本書ほど容疑者にひきつけられた本はない。

 「早くつかまえて!」とは今まで何度も思ってきた。
 しかし「お願い、今はつかまえないで!」と思ったのは初めてだ。

 ギリギリまで真相が皆目つかめぬストーリー展開。
 そして今までにない犯人像、犯人と警察の関係性を描き切った「罪の轍」。

 犯罪ミステリーファンはもちろん、「ミステリーを読むのに飽きてきた」という人も満足必至の傑作だ。

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ヴァラエティ  奥田英朗

評価:★★★★★

 人間を書くときに、絶対に縦割りにしない。男だから、女だから、若いから、年寄だから、警察官だから、学校の先生だから、という縦割りには絶対にしないんです。
(本文引用)
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 「奥田英朗の小説なら絶対に読む!」といった熱烈なファンには、超がつくほど贅沢な一冊。そして「奥田英朗って誰?」という方にも、ぜひお薦めしたい一冊。

 よほどのことがない限り、面白いに決まっている奥田英朗の小説。本書には、そんな奥田作品の旨味がギュウウッと凝縮されている。

 単行本初収録の短編と、奥田英朗氏が影響を受けた人物との対談も収められた、タイトル通りヴァラエティに富みに富みに富みまくったファン垂涎の本だ。
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 本書に収められている短編小説は7篇。いずれも「ブフッ」と笑ってしまうような文章と、人の心の複雑さをえぐるようなくすぐるような内容で、思わず吸い込まれる。そう、奥田作品に思わず手が伸びるのは、この「吸い込まれる」感覚がたまらないからなのだ。



 そして7つのショートストーリーを一気に読み、改めて奥田英朗という作家の“すごさ”を認識する。7つも物語があって、しかもどれも何十ページという短さなのに、面白くない話がひとつもないのだ。
 
 「あとがき」を読む限り、編集者に言いくるめられて、わりと渋々書いている様子が目に浮かぶのだが、それでもまるで手品で白いハトを出すように、面白い話が書けてしまう。
 対談のなかで、奥田氏は「昔から人を笑わせるのが好きだった」と語っているが、「人を楽しませる」ことにかけては天才的なのだろう。

 なかでも連作短編といえる「おれは社長だ!」と「毎度おおきに」には唸った。ストーリーやセリフの面白さはもちろん、物語に時折さしはさまれる小技が何とも粋だ。

 大手広告代理店から独立し、一国一城の主となった男の成長物語なのだが、その成長の表現がニクい。
 男は最初、「俺は誰よりも偉い社長だぞ」とふんぞり返り、宮仕えの人間や金勘定に細かい人間を小馬鹿にする態度を見せ、妻に諫められる。
 ところが、ある社長との出会いが、男を変える。
 その社長は、とにかくお金にうるさくお金に汚いのだが、そこから男は「社長として大事なもの」を学んでいく。

 そんな社長としての変貌と成長を表すのは、何と子どもの宿題。
 「父親の仕事」をテーマとした宿題を持ち込まれた男は、子どものインタビューに答えていくのだが、その態度や答えが如実に変わっていくのが何とも面白い。
 人間としての、仕事人としての変化をこのような形で描き切るとは、「さすが奥田英朗!」としか言いようがない。見事だ。

 他、訳ありの女たちの集う食堂で、互いに正体を探り合うミステリアスな作品「住み込み可」、メチャクチャハチャメチャなドタバタ劇「ドライブ・イン・サマー」等、いずれもドキドキしながら一気読みできる作品ばかりだが、最終話として「夏のアルバム」が収められているのが、後味の良さを醸し出している。

 病に伏す、40歳にも満たない伯母。その娘である従姉妹たち。そんな彼女たちを見つめる幼い少年の物語だが、ラストには思わず涙がこぼれた。
 ああ、ドタバタもあるけれど、結局奥田英朗の小説に惹かれるのは、この優しさなんだろうな・・・。この短編集を読み、そんな奥田作品の深い魅力に、改めて触れることができた。

 様々な形で「物語の魅力」というものにどっぷり浸からせてくれる、奥田英朗短編集「ヴァラエティ」。
 奥田作品のファンでも、そうでなくても、時を忘れて小説に読みふけりたい方には全力でオススメしたい一冊である。

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向田理髪店  奥田英朗

評価:★★★★★

 「そりゃあ、札幌とか東京とか、そういう都会の方が周りから放っておかれて、生きやすいかもしれねえけど、誰かと仲良くなったり、女の子を好きになったりしたら、どうしても自分の過去を打ち明けなければならねえわけで、そういう隠し事があると人間はどうしても人付き合いを避けるようになるだろうし、苦しいだろうし・・・・・・」
(本文引用)
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 「奥田英朗の小説が、あなたはますます好きになる」。そうお薦めしたくなる一冊だ。

 「ナオミとカナコ」のような強烈なインパクトはないものの、心に深く残るものは「ナオミとカナコ」以上。
 スポーツに例えるならば、瞬発力より持久力を競うマラソンのような作品といったところか。100m走のような華やかさはないものの、後々まで「あ~、あれは良かったねぇ」と静かな笑みと共に語られるような・・・そんな優しさと奥深さをたたえた珠玉の短編集である。
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 舞台は、北海道の過疎の町。向田康彦は、そこで理髪店を営んでいる。人も車も滅多に通らず、客は常連さんしかいない。



 そこで康彦は、過疎の町ならではの様々な問題にぶつかる。
 帰郷した息子の将来、嫁の来手、スナック開店に色めき立つ男たち、変化のない町を沸き立たせる映画ロケ・・・。
 
 都会への憧憬を抱え悶々と暮らす康彦たちだが、それらの出来事を通して、彼らは町の魅力に気づいていく。

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我が家のヒミツ  奥田英朗

評価:★★★★★

「若いって、他人事が多いってことだと思う」
(本文引用)
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 奥田英朗さんの小説が面白いのは、もうわかってる、わかってるんですよ、充分に。
 でも今、私は改めて「奥田英朗さん大好き!」と、走り出したい気分だ。

 人間の心とは、何と複雑で難解で、自分の力でどうにもならないものなのだろう。人間とは、何と他人の心がわからないものなのだろう。
 でも、その不可解さが、人生を彩り豊かに染め上げている。本書は、そのことを発見させてくれる傑作だ。
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 本書は6編からなる短編集。描かれるのは、いずれも家族のちょっとした秘密だ。



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ナオミとカナコ 奥田英朗

「殺すって言うのやめようよ。排除するだけだから」
(本文引用)
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 おっっっ・・・もしっろい!面白い面白い面白い!
 これほどまでに、ちょっとのスキマ時間を縫ってでも読むのに没頭したことは、なかったかもしれない。
 電子レンジをかけている2分間、スーパーで子どもがゲームをしている5分間、小学校行事の始まる前の7~8分間、ホースで亀の水槽に水を入れる間の10分間・・・。
 ハードカバー438頁の本をどこにでも持ち歩き、ほんの少しでも時間があればページを開き、時を忘れた。それぐらい目が離せない傑作だった。
 だから読み終えた今は、何とも寂しい。とびきり豪華な旅行や、大好きな人との2人だけの時間が終わり、自宅に帰ってきてしまったかのような寂寥感でいっぱいである。ああ、これを読む前の私に戻り、何も知らずに読み始めた時に戻りたい!ドラえもーん!


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沈黙の町で 奥田英朗

 「中学生という生き物は池の中の魚みたいなもんでさ、みんなで同じ水を飲むしかないんだよ」
(本文引用)
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 中学2年生の時、いじめを告発したことがある。
 いや、「いじめの告発に付き添っただけ」と言った方が正確か。

 クラスで一番目立つ男子グループで、仲間はずれが起きた。それまで仲良くしていた男子が、少しずつ他のメンバーから距離を置かれ、ついに昼食を一人で食べるようになった。
 それを見た私の友人が、「辛くて見ていられない」と私の手を取って職員室に向かい(これは単に私が学級委員だったからだが)、担任の先生に告発。先生は親身になって聞いてくれ、さっそく放課後に学級会が開かれた。

 それによると、当男子が仲間の悪口をあちこちで言っていたことが判明したため、外したとのこと。仲直りできないかと先生が説得を試みたものの、グループ側の怒りがどうにも収まらず、結局、当男子は他のグループに入るということで決着した。

 以降、いじめがひどくなった様子も見られず、新たに男子を受け入れたグループが彼とにこやかに遊んでいたため安心はしたが、彼が受けた心の傷は、四半世紀経った今でも深く残っているだろう。

 そしてその事件は、未だに私を悩ませつづけている。あの告発で男子は救われたかもしれないが、逆にもっと貶めたことになったのではないか、と。

 自分が仲間外れにされていることを、何の関わりもない女子に同情されるなんて。しかも、クラス全員にそれが明らかにされ、自分の所業まで暴かれるなんて。放っておいてくれても、自分で新しい人間関係ぐらい構築したのに。

 私たちは、男子のプライドをいたく傷つけてしまったのかもしれない。あんな告発や裁判のような学級会などせず、彼自身の力で解決すれば、もっと傷は浅かったのかもしれない。
 私たちのしたことは、自己満足だったのか。大人になった今、改めてそんな疑念にかられ胃が痛くなる。

 前置きが長くなったが、この小説を読んだ今、そんな「あの頃の自分」の思慮の浅さを、まざまざと思い知らされている。
 自分が、年だけとって成長していないという現実も。

 奥田英朗著「沈黙の町で」は、そんな未熟な子供と未熟な大人を鋭くえぐり出した問題作だ。
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 舞台は、東京から電車で2時間ほどの小さな町。その町である日、中学生の死亡事件が起こる。しかも死んだのが学校内ということで、教員や保護者らは激しく動揺する。

 亡くなったのは、町有数の資産家である老舗呉服店の跡取り息子、名倉祐一。死体を調べたところ、祐一の背中には大量の痣があり、警察はいじめ及び殺人を視野に入れて捜査をする。
 祐一の友好関係から捜査線上に浮かんだのは、4人の男子生徒だった。警察は生徒同士の口裏合わせをさせないよう、4人のうち13歳の者を児童相談所に送り、14歳になっていた者は逮捕するという厳しい措置をとる。
 その理不尽な対応に、被疑者の保護者らは憤慨し学校や警察に抗議する。学校側は、被疑者家族と被害者遺族の間に挟まれ対応に苦しむが、徐々に事件の意外な真相が見えてくる。

 その時、子供たちは?そして大人たちは?
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 この作品の魅力は、驚くほど多角的な視点で書かれていることだ。祐一の遺族、被疑者少年の家族、学校の生徒、教師、警察、新聞記者・・・。この事件に少しでも関わる人間たちは、1人も残さずすくいとる勢いで、実に濃密に描いている。
 そこで気づいたことは、前述したように、「子供も大人もひどく未熟な存在である」ということだ。
 警察や検事、教師らは、子供たちを「未完成の人間」と断じ、「考える範囲はわずかでしかない」と言う。
 しかしこの作品の面白いところは、それがそっくり大人にもあてはまることを、残酷なほど突いている点だ。

 なかでもスパイスとなっているのが、祐一の叔父・康二郎だ。康二郎は学校や警察、マスコミに対し、遺族の悲しみを強硬に主張するが、どう見てもはしゃいでいるのである。祐一の母親である寛子は、物おじすることなく権利を訴える康二郎を、最初こそ頼りにしていたものの、次第に強い不快感と不信感をもつようになる。
 しかし康二郎の醜さが露わになればなるほど、それまであまり良い噂のなかった寛子が冷静さを取り戻していくのが、この事件の数少ない救いとなっている。

 さらに、被疑者少年らの家族の描き方も絶妙だ。
 少年らの弁護士として堀田という人物が登場するが、これがまたアクの強い人物で、家族らの神経をことごとく逆撫でする。しかし本当に未熟でエゴが強いのは、果たしてどちらなのか。それまで悪役だった堀田が、その場から離れた途端に、被疑者家族らの本心が透けて見え出した場面には、ただただ愕然。大人のあまりの未完成さと視野の狭さに、思わず笑い、そして泣いてしまった。

 この小説に書かれているのは、「未熟な子供が引き起こした事件」であり、「未熟な大人がこじれさせた事件」だ。
 そして酷いことに、未熟な大人のほうがはるかに醜いことを恐ろしいほど剥き出しにしている。

 中学2年の時の、私の行動も未熟だっただろう。しかし本書を読み、足が震えた。今の私は、あの頃の自分よりも、さらに性質の悪い未熟さをもっているのではないか。そう思えて仕方がないからだ。

 奥田英朗「沈黙の町で」。これほど、出会いたくなかった、でも出会えて良かった、と心から思える小説もなかなかない。

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オリンピックの身代金 奥田英朗

 「なんて言うが、東京は、祝福を独り占めしでいるようなとごろがありますねえ」
 「祝福を独り占め・・・・・・ですか」

 (本文引用)
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 今さら言うまでもないが、2020年夏季五輪開催都市に東京が決まった。

 メイン会場である国立競技場の建て替えには1300億円が投じられる予定で、その他交通網の改善など建設業界の受注増が見込まれている。
 また都内の高層マンションへの購入問い合わせも殺到、その他給与や雇用面等において幅広い経済効果が期待されている。
(朝日新聞 2013/09/10 朝刊1面より)

 そんな時にこの小説を紹介するのは、何となく水を差すようで気が引けるのだが、何しろ面白いのだから仕方がない。
 刊行当初に読み、昨年のロンドン五輪の際にも読み、今回の東京五輪決定でもまた読んでしまったという、五輪の感動なみにクセになるエンタテインメント大作だ。
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 時は1964年、舞台はオリンピック開催に向けてわき立つ東京。
 そんななか、東京大学の大学院に通う島崎国男は、肉体労働に身をやつしていた。
 大半が出稼ぎ労働者であるなか、優男風のハンサムで言葉づかいも丁寧な国男は、現場で完全に浮いた存在であった。

 オリンピック開会式に間に合うよう、夜を徹して現場工事は続けられ、国男はじめ作業員たちは皆、体を痛めつけながら郷の家族のためにひたすら仕事に従事する。
 それでももらえる給料は雀の涙。親会社にピンハネされ、最悪の場合、もらえないこともあった。



 
 いくらでも割の良い仕事に就ける国男が、あえてそのような労働を選んだのには理由があった。
 兄が出稼ぎ先で死亡したのだ。
 実は国男は、秋田の貧村の出身。東京に出てこられない実家の家族に代わり、国男は兄の葬儀に立ち会う。
 兄の非業の死を目の当たりにし、勉強ができるというだけで贅沢な生活が許される自分に疑問を感じ、国男は兄の人生をなぞるように過酷な労働に身を投じる。

 そしていつしか国男は、国に対して敵意を燃やし、都内各所で爆弾テロを起こす。
 しかし、本当の狙いは東京オリンピック。国男は多額の金を国に要求し、それができなければ「世界が見ている前で聖火台を爆破する」と宣言する。
 果たして、オリンピックは無事開会できるのか?
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 単行本で2段組み500ページ超、文庫では上下巻という大長編だが、全く読む手が止まらない面白さ。私など、行儀が悪いとは思いながら、昼休みに自席でサンドイッチにパクつきながらページを繰り続けたほどだ(比較的本を読みやすいメニューを選んだという点を、評価していただきたい)。

 おとなしい国男が内に秘める怒りを増幅させ、爆弾魔に変身していく過程が、時間を行きつ戻りつしながらジックリと精緻に描かれているのだが、その握力がすごい。
 弱者がどこまでも虐げられる社会の理不尽さが、あらゆる角度から細かく書かれており、思わず拳を堅く握って読んでしまう。

 さらに、その怒りがいつの間にか国男の独りよがりになっている点が、またニクイ。

「東京だけが富と繁栄を享受するなんて、断じて許されないことです」


「我々の目的は、プロレタリアートとして国家に教訓を与えることです」


 一見、もっともなことを言っているようで、実は多くの罪のない人を危険にさらそうとしていることに気づいていない。またその信念に酔い薬物に溺れていく点なども、島崎国男という男の「甘ったれた青年像」を浮き上がらせており、ただの社会派小説で終わらない味わいがある。

 そして特筆すべきは、「民主主義」「東京」「繁栄」というものに対して、見方が一面的でないところだ。
 共産主義に傾倒し、世の不平等を生むと民主主義を憎む者がいる一方で、相続税が払えず豪壮な屋敷を手放す運命にある知人に対し「民主主義ってのも悪くないですね」と口角を上げる者もいる。
 なかでも、国男とテロ活動を共にしながらも、国男と思想まで共にしているわけではない、スリの老人がいい。
 学もなく国男に頼り切っているように見えて、時に国男をハッとさせる言葉を吐く。

「おめはすぐにそう言うけど、東京がながっだら、日本人は意気消沈してしまうべ。今は多少不公平でも石を高く積み上げる時期なのとちがうか。横に積むのはもう少し先だ」


 ただ国男の思想や行動を追うのではなく、戦争で家族を失った者、貧しい者、富める者・・・生きてきた時代や土地、財産等により、東京オリンピックの対する見方がプリズムのごとく違うことを示している点が、この小説最大の魅力である。

 これから東京オリンピックに向けて、日本は大きく動き出すだろう。
 それまで私は、このオリンピックに何を思うか、本書を片手に探っていきたいと思う。

 そしてきっと7年後も、この小説を読んでしまうのだろう。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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