「彼らは言葉巧みに地方に進出する。遊休地から固定資産税が徴収できる、地元の雇用を確保できると地方の有力者を誘惑する。いざ大型商業施設ができれば、地元商店街から客を根こそぎ奪う。しかし、儲からなくなった途端、別の土地を探すんだ」(本文引用)
________________________________
この2月~3月にかけて、新聞のベストセラーランキングに必ずランクインしている小説がある。そしてその本は、書店の平積みコーナーで、ひときわ目を引く存在感を放っている。
表紙には、牛の頭蓋骨のレントゲン写真と思しき少々グロテスクな画像。
タイトルは、その名も「震える牛」である。
__________________________
東京・中野の居酒屋で、男性2人が殺された。
当初は店の売上金目当ての強盗とみられ、運悪くその場に居合わせた客2人が刺された事件と片付けられた。
しかし捜査を進めるうちに、別の事件像が浮かび上がってきた。
この2人は偶然殺されたのではない。
その場に居合わせるように、おびき寄せられたのではないか。
その頃、1人の女性ジャーナリストがある巨大企業を追っていた。
日本一のショッピング・センター、オックスマートだ。
法律の網をかいくぐる強引なやり口でライバル店を潰しにかかり、街に根付く中小小売業をも破滅させ、次々とシャッター通りを作り出す。
殺人事件を追う2人の刑事と女性ジャーナリストがたどり着いた先は、「食」にまつわる目を覆いたくなる現状だった。
少しでも安く売るために、「雑巾」肉を成形し、添加物で刺激的に味付けをする流通業者。
そしてそれを、喜んで買い求める消費者。
さらに、その隙間に入り込もうとする反社会的組織。
東京の繁華街、車のスクラップ工場、さびれた地方都市、東北の農場、流通業界を牛耳る大企業の一室・・・地道に捜査を続けるうちに、被害者は、このいびつなトライアングルに巻き込まれて命を落とした疑いが濃厚になってくる。
しかし、殺されるほどの事情がなかなかつかめず、刑事たちの苛立ちは募る。
そんなとき、被害者の手帳に記された、ある書き込みが目に留まる。
「M105」、「M108」 被害者が遺したこの記号に、いったい何が隠されているのか?
__________________________________
「2012年 ミステリーベスト1 早くも決定」 この本の帯にはそう書かれているが、果たしてそうだろうか?
ミステリーとして不出来だと言っているわけではない。
ミステリーという範疇におさまらない、いや、おさめてはいけない社会的使命を背負った小説だと感じたからだ。
ストーリー中、捜査で出向く地方都市郊外の衰退ぶりや、主人公の刑事が信頼できる精肉店で牛肉を買い求める姿が事あるごとに細かく描かれている。
単なるミステリーなら、この描写にそこまでスペースを割く必要はないだろう。
しかし、この小説はそうではない。
その何気ない情景を生々しく描くこと、そこからは、
「一個の人間として、どうしてもこれが書きたい」 という著者・相場英雄氏のほとばしるような情熱が見て取れる。
これをミステリーと一言で片付けてしまうのは、あまりにもったいないのではないだろうか。
「利益優先の市場原理」と「食の安全確保」。
いわばトレードオフの関係ともいえるこの2つを、われわれ消費者はどう考えていかねばならないか。
決して無視してはならない問題であるのだが、安易な快楽を求めるあまり、気がつけば目を背けてしまっている事柄だ。
世間にそこはかとなくはびこるこの大問題を、殺人事件を絡めたミステリーでグイグイ読ませ、意識の喚起を促した著者の熱意と筆力には心から敬意を表したい。
そして真相を明かすだけでなく、国と警察と民間をめぐる駆け引きや社会的影響まで考えて事件の処理がされている点は、丹精こめて育てられた一輪の花のような温かさを感じさせる。
欲深い人間たちのおぞましい姿が描かれているにも関わらず、だ。
純粋にミステリーを味わいたいのなら、証拠の裏づけや自供の点など少々物足りないかもしれないが、それを圧倒的に上回る収穫がある一冊といえるだろう。