追悼・山崎豊子さん 「華麗なる一族」に見る、読者をつかむ濃密な筆致
「巨星墜つ」
-山崎豊子さんが亡くなったと聞き、まずこの言葉が脳裏をよぎった。
このエピソードひとつとっても、山崎さんの留まることを知らない探究心がうかがえる。
だからこそ、作品に尋常ならざるリアリティが生まれ、我々は登場人物に同化し、どんな大長編でも食い入るように読んでしまうのであろう。
さてこのたび、山崎さんの訃報を受けて、自宅にある「華麗なる一族」をパラパラと読み返してみた。
2007年に木村拓哉さん主演でドラマ化され、最終回は30%を超える視聴率をたたき出した名作である。
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関西の財閥・万俵家は、都銀再編の動きを凝視していた。
先代が船舶を全て売り払って創立した阪神銀行は、現在業界10位。このままでは上位銀行に吸収合併されてしまう。
そこで、頭取である万俵大介は、大蔵省に勤める娘婿を使い、大手銀行の経営内容を入手。
そんな「小が大を食う」突拍子もない作戦を、大介は着々と実行しようとする。
また大介は、家庭においても余念がない。元通産大臣の娘、大手重工の社長令嬢・・・彼は万俵財閥拡大のための閨閥結婚を次々と成立させていく。
そんなある日、阪神特殊鋼の専務を務める長男・鉄平は、高炉建設のための融資を阪神銀行に頼む。
しかし大介は、我が息子の頼みであり、なおかつ高炉建設がもたらすメリットが大きいにも関わらず、それを冷淡に退ける。
公家華族出身のおとなしい妻、図々しいほど万俵家に君臨する愛妾・・・心が通わぬ、歪んだ「華麗なる一族」の末路とは?
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この小説、ストーリー自体ももちろん飛び切り面白いのだが、何と言ってもその緻密すぎる描写に引き込まれる。
たとえば物語冒頭の、一族がそろった晩餐の場面。
何でも万俵家では、晩餐の席では、今日はフランス語 明日は英語というように会話をするというのが習慣なのだそうである。
もうこの一場面だけで、いわゆる「セレブ」と言われる人たちの特質をドンと表している。
豪華なドレスや宝石で富裕層を描くのでは、所詮、絵にはかなわない。ならば文章でどう「特別な人たち」を描くか。
そこで冒頭から、この「家族の」会話である。これだけで読者は、この小説の登場人物たちがただ者ではないこと、そんな者たちが巻き起こす出来事がただごとではないであろうことを敏感に感じ取る。読んでから10ページもたたないうちに、我々は「山崎節」にハートをつかまれてしまうのだ。
そしてその恐ろしいまでの緻密さが、読者を大介に、鉄平に、美馬に、高須相子に変身させ、我々は読みながら小説の世界を生きることができる。大長編でも飽きないわけだ。
紙に刻まれた文字をたどりながら、改めて「山崎豊子の前に山崎豊子なし 山崎豊子の後に山崎豊子なし」であることをしみじみと思う。
「巨星墜つ」とはいえ、これからも「山崎豊子」という星は燦然と輝きつづける。今は、そんな気がしてならない。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
-山崎豊子さんが亡くなったと聞き、まずこの言葉が脳裏をよぎった。
「白い巨塔」「沈まぬ太陽」「運命の人」・・・数々の社会派小説で常に世をにぎわせ、その作品は次々と映像化され大ヒットした。
その、真実に肉薄せんとする情熱的な筆致は、本を読む楽しみ・・・いや、本を食む楽しみとすらいえる財産を与えてくれた。
その面白さは、いったいどこから来るのか。
日本経済新聞にて、こんな話が紹介されている。
山崎さんは国会の議事録で、ある政治家が喘息治療のために度々ハワイに行っている事実を知る。
しかし知り合いの医師によると、「花粉の多いハワイは喘息に良くない」という。
そこから山崎さんは疑惑をもち、また勉強を始めるのだそうだ。
(2013/10/1朝刊 「春秋」参照)
その、真実に肉薄せんとする情熱的な筆致は、本を読む楽しみ・・・いや、本を食む楽しみとすらいえる財産を与えてくれた。
その面白さは、いったいどこから来るのか。
日本経済新聞にて、こんな話が紹介されている。
山崎さんは国会の議事録で、ある政治家が喘息治療のために度々ハワイに行っている事実を知る。
しかし知り合いの医師によると、「花粉の多いハワイは喘息に良くない」という。
そこから山崎さんは疑惑をもち、また勉強を始めるのだそうだ。
(2013/10/1朝刊 「春秋」参照)
このエピソードひとつとっても、山崎さんの留まることを知らない探究心がうかがえる。
だからこそ、作品に尋常ならざるリアリティが生まれ、我々は登場人物に同化し、どんな大長編でも食い入るように読んでしまうのであろう。
さてこのたび、山崎さんの訃報を受けて、自宅にある「華麗なる一族」をパラパラと読み返してみた。
2007年に木村拓哉さん主演でドラマ化され、最終回は30%を超える視聴率をたたき出した名作である。
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関西の財閥・万俵家は、都銀再編の動きを凝視していた。
先代が船舶を全て売り払って創立した阪神銀行は、現在業界10位。このままでは上位銀行に吸収合併されてしまう。
そこで、頭取である万俵大介は、大蔵省に勤める娘婿を使い、大手銀行の経営内容を入手。
「私は上位行に食われる合併を余儀なくされる前に、食う合併をもくろんでいるのだ」
そんな「小が大を食う」突拍子もない作戦を、大介は着々と実行しようとする。
また大介は、家庭においても余念がない。元通産大臣の娘、大手重工の社長令嬢・・・彼は万俵財閥拡大のための閨閥結婚を次々と成立させていく。
そんなある日、阪神特殊鋼の専務を務める長男・鉄平は、高炉建設のための融資を阪神銀行に頼む。
しかし大介は、我が息子の頼みであり、なおかつ高炉建設がもたらすメリットが大きいにも関わらず、それを冷淡に退ける。
公家華族出身のおとなしい妻、図々しいほど万俵家に君臨する愛妾・・・心が通わぬ、歪んだ「華麗なる一族」の末路とは?
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この小説、ストーリー自体ももちろん飛び切り面白いのだが、何と言ってもその緻密すぎる描写に引き込まれる。
たとえば物語冒頭の、一族がそろった晩餐の場面。
「マドモアゼル コマン トゥルヴェ ヴ ラ スープ ドジュルデュイ(いかがです。今日のスープの味は)?」
「セ エクセラン ムッシュ サ ム フェ ラブレ パリ(美味しいです、ムッシュ、パリを思わせる味ですわ)、まあ、いやだわ・・・・・・。お父さま、今は日本のお正月ですのよ」
何でも万俵家では、晩餐の席では、今日はフランス語 明日は英語というように会話をするというのが習慣なのだそうである。
もうこの一場面だけで、いわゆる「セレブ」と言われる人たちの特質をドンと表している。
豪華なドレスや宝石で富裕層を描くのでは、所詮、絵にはかなわない。ならば文章でどう「特別な人たち」を描くか。
そこで冒頭から、この「家族の」会話である。これだけで読者は、この小説の登場人物たちがただ者ではないこと、そんな者たちが巻き起こす出来事がただごとではないであろうことを敏感に感じ取る。読んでから10ページもたたないうちに、我々は「山崎節」にハートをつかまれてしまうのだ。
そしてその恐ろしいまでの緻密さが、読者を大介に、鉄平に、美馬に、高須相子に変身させ、我々は読みながら小説の世界を生きることができる。大長編でも飽きないわけだ。
紙に刻まれた文字をたどりながら、改めて「山崎豊子の前に山崎豊子なし 山崎豊子の後に山崎豊子なし」であることをしみじみと思う。
「巨星墜つ」とはいえ、これからも「山崎豊子」という星は燦然と輝きつづける。今は、そんな気がしてならない。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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