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芙蓉の人 新田次郎

 (私がしようとしていることが、ままごと遊びか、そうでないか、これからの私の行動をよく見てから云って貰いたいものだ)
(本文引用)
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 それほど有名ではないのに、いつまでも途切れることなく語り継がれる出来事がある。

 おそらく、どこかの誰かが「これを多くの人に伝えたい」「これだけは忘れてはならない」と、情熱的に周囲を説得しているのだろう。
 そしてその説得に心打たれた人たちが、一丸となって世の中に伝えていくのだろう。
 そしてそれを目にした人々が、また次世代に伝えていくのだろう。

 この「芙蓉の人」で描かれる出来事も、そんな歴史の1ページのひとつだ。


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つぶやき岩の秘密 新田次郎

 「ひとりで登ってこい。どんなことをしても自分の力で登らなければならないと思えば登れるものだ」
(本文引用)
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 恥ずかしながら、新田次郎氏がこんなに面白い児童文学を書いているとは、知らなかった。

 書店で「新潮文庫の100冊」として平積みされていたのを見かけ、「新田次郎の本なら読み応えがあるに違いない」と思い購入したが、内容は私の想像とは全く違うものだった。
 それは、大人が命がけで山に登るノンフィクション小説ではなく、謎と恐怖と純真な心のきらめきに彩られた冒険小説。
 思っていたものとは違ったが、思っていたものよりも遙かに心が沸き立つ、夢のような-悪夢のような白昼夢のような-物語であった。
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 小学6年生の紫郎は、毎日、近所の海を訪れる。そこで紫郎は、黒岩に耳をつけるのが習慣となっている。その岩から、母の声が聞こえてくるように思えたからだ。


 紫郎の両親は、紫郎が2歳のときに海難事故で亡くなった。顔も声も覚えていない母を恋い慕うように岩に耳をつける紫郎だが、ある日、岩壁に一人の老人が立っているのを見かける。
 老人が立っているのは、とうてい人が立ち入ることのできない場所。
 紫郎は、その老人の正体を追うことを決意する。

 しかしそれは、あまりに危険な行為だった。
 謎の老人は、戦争中に隠された大量の金塊を手に入れようとしているのではないか-そんな仮説が持ち上がり、紫郎の協力者たちは、次々と生命の危機にさらされることとなる。

 夜中だけ外を徘徊する地元の有名人、都会からやってきた得体の知れない男・・・紫郎たちの命を狙うのはいったい誰なのか?
 そして両親は、本当に事故で死んだのか?
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 この本を読みながら、私は小学校時代の、あるトキメキを思い出した。
 「怪人二十面相」「少年探偵団」「シャーロック・ホームズ」「黄金仮面」・・・子供の頃に誰もが読んだであろう江戸川乱歩やコナン・ドイル、横溝正史、ちょっと大きくなってから読み始めたディクスン・カー。
 幼な心に、背中に翼が生えたような気持ちになったあのミステリーや大冒険を、この「つぶやき岩の秘密」は鮮明に思い出させてくれる。

 そして、さすが新田次郎。
 読む者に「生きる厳しさ」と「それに立ち向かう勇気」を奮い立たせてくれる迫力は、大人向けの山岳小説と変わらない。いや、これから成長する子供達のために書いただけに、より熱いかもしれない。

 たとえば冒頭に挙げた、紫郎の担任教師の弟・晴雄の言葉。

「ひとりで登ってこい。どんなことをしても自分の力で登らなければならないと思えば登れるものだ」


 大学の山岳部に所属する晴雄は、身の危険も顧みずに紫郎と共に真相究明に乗り出す。そこで2人は、あわや窒息死というピンチに追い込まれるが、晴雄の冷静な頭脳のおかげで脱出に成功する。
 
 しかし晴雄の素晴らしさは、その頭脳とサバイバル技術だけではない。
 小さな少年の“真の成長”を助けようとする、強さと温かさだ。

 ただ事件を解決するのではなく、それを通して紫郎の成長をも果たそうとする晴雄の姿は、子供を持つ身として、思わず襟を正して読んだ。

 新田次郎氏は、この物語を書いた動機を聞かれ「これはおじいちゃんが書いた少年少女小説だと自慢できるようなものを残したいという気持ちで(児童文学の叢書作りに)参加した」(あとがき引用)と語っておられたそうだが、本書は全ての子供達、そして子供達を見守り育てていく大人たちにとっても指針となる書であろう。

 耳を当てると、新田氏の、人々に対する願いや想いが聞こえてきそうな、胸躍り心引き締まる傑作である。

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聖職の碑 新田次郎

 世の人の怒りに耐へて病みつつも 事の収拾に身をつくしけむ
(あとがき「取材記・筆を執るまで」引用)
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 人生とは選択の連続であり、人は大なり小なりあらゆる選択をしながら生きている。そしてできれば、その選択が正しいものであってほしいと願う。
 なかには「結果がどうであろうと、自分のした選択に後悔はしない」、あるいは「一度何かを選んだのならば、その選択を最高のものとすべく努力する」という人もいるであろう。
 私も、日々そう誓いながら生きている。それで良いと思っていた。

 しかし、この小説を読み、自分の認識の甘さを猛省した。
 その信念を持ちつづけることは、生半可な難しさではない。
 時に人生そのもの、いや生命を賭すほどの覚悟が必要とされる。そのことに、痛いほど気づかされたからである。


 今まで、これほどまでの苦渋の選択を迫られたことがあるか?
 そしてその選択を認めることも後悔することも許されないという、地獄の辛苦を味わったことがあるか?
 さらにその辛苦を一身に背負う覚悟で、幾日もの時を過ごしたことがあるか?

 -教師、児童ら合わせて死者11名を出した伊那駒ケ岳遭難事故。
 その悲劇のなかで、悲劇の後で、命がけの選択と覚悟をする者たちがいた。
 本書は、そんな人間たちの限界に迫ったノンフィクション小説である。
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 大正2年8月、長野県にある中箕輪尋常高等小学校で、駒ケ岳登山が行われた。

 そこに至るまで、教員たちの間では、ある争いが起きていた。
 赤羽校長をはじめとする明治以来の実践主義教育、そして若手教師を中心とした白樺派理想主義教育。
 学校内では次第に、子供の個性を尊重する白樺派が台頭してくるが、そんななかで実践主義教育の象徴・駒ケ岳登山は決行される。
 過去に成功してはいるものの、これが失敗すれば教員としての道は絶たれるであろうことを覚悟し、赤羽校長は青年団と子供達を率いて山に登る。

 しかしそれは、想像を絶する苦しみへの第一歩であった-。
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 この小説は、まず著者の一つの疑問から始まる。
 事故が起きた稜線上に立つ碑は、なぜ殉難碑でも慰霊碑でもなく「遭難記念碑」なのか。
 それをスタート地点として、この大惨事の全貌を解き明かしていくのだが、読んでいくうちに、その「記念」という字に込められた人々の選択と覚悟に、打ちのめされる思いだった。

 なぜ赤羽校長は山に登ったのか。
 予想もしなかった暴風雨、動揺する青年団、飛ばされるゴザ・・・限界の状況の中、子供達を守るために、どれだけの選択と賭けをしたのか。
 そして死にゆく者を次々と目の当たりにし、赤羽は自分の選択をどう思ったのか。後悔したのか、しなかったのか。
 そして、己の人生をどう振り返ったのか-。

 また、命がけの選択と覚悟をした者は赤羽だけではない。

 死の淵で戦いながら兄弟を励ます少年、子を亡くした親たち、怒号のなか状況を真摯に説明する教師や青年たち、そして事故を受けて非難の矢面に立たされる赤羽の妻・・・。
 なかでも、赤羽と対立しながらも自分の考えに固執せず、赤羽の気持ちを無駄にすまいと記念碑建立に腐心する教師・有賀喜一の姿には、ただただ涙した。そしてそれに応え、安全な登山に向けて動き出した大人たちの心意気にも。

 「自分の選択を後悔しない」、「自分の選択を最高のものとする」。それも確かに大事であろう。
 しかし誰も、常に正しい選択などできはしない。それでも決して後悔しないと言うのならば、それはただの現実逃避だ。また「選択を最高のものとする」努力も、ともすれば免罪符を得ようと抗う自己満足になりかねない。

 この事故の当事者の多くは、おそらく自分の選択を一生悔いながら生きたのではあるまいか。
 己の選択を認めることも悔やむことも憚られながら、大きな十字架を背負って生きたのではあるまいか。
 還らぬ命や冷たい世間の重圧に、死にたくなったこともあったのではあるまいか。

 それでも彼らは、生き続けるという選択をした。己の選択に弁解をすることもなく、生きた。
 その心が「慰霊碑」ではなく、スタートや通過点を表す「記念碑」という言葉となったのではないだろうか。

 これからも、数え切れないほど選択と後悔を繰り返すであろう。
 その度に、私はこの本を思い出し、自分の心の峰に記念碑を立てよう。
 過ちも全て背負い、投げ出すことなく人生を歩き続けるためにも。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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