このカテゴリーの最新記事

「とめどなく囁く」感想。登場人物全員犯人!?2段組400ページを寝食忘れて一気読み!

評価:★★★★★

 「やっと諦めて新しい生活に入った時なのに、どうして落ち着かせてくれないの?」
(本文引用)
______________________________

 面白かったーー!

 「2段組み400ページ超」と聞いていたので、「読むのが大変そう」と思っていたが、何の何の、1日ちょっとで一気読みしてしまった。
 「長い」と全く思わず、むしろ「もう終わっちゃったの~?」という気分。

 最近、「長い物語が読めなくなった気がする。年かな・・・」と思っていたが、自信を取り戻した。
 結局、面白ければどんなに長くても苦も無く読めるのである。

 桐野夏生の最新刊「とめどなく囁く」は、「心理サスペンスの傑作」と評判。
 確かに、読んでいると登場人物全員が怪しく見えて動悸がしてくる。


 人生の伴侶、学生時代からの親友、家を出入りする庭師・・・果ては途上でつかまえたタクシー運転手まで、事件に関係しているように見えてくる。

 おそらく本書を読んでいる間中、私の眼は相当「危ない」感じになっていたはず。
 だって、こんな本読んじゃったら、周囲がみんな「敵」に見えちゃうもん。

 でも本好きとして、これほど幸せなことはない。
 それだけどっぷり浸かれる本に出合えたということだから。

 そう考えると、やっぱり本書を読み終えたのが寂しくなる。
 面白い本って罪だな、とつくづく思える一冊だ。
 ________________________________

■「とめどなく囁く」あらすじ



 塩崎早樹は41歳。

 夫の克典は72歳で、大企業創業家の人物。

 31歳差、そして超玉の輿ということで、早樹はしばしば好奇の目を向けられる。

 実は早樹と克典は再婚同士。
 克典の前妻は以前、自宅で急死。
 一方、早樹の前夫・庸介は8年前、釣りに出かけて行方不明になったまま。

ae1cbb77f89ee5c44b2e0218521f6c3e_s.jpg


 不明後7年経ち、失踪宣告が出されてから、克典と結婚した。

 早樹は理解ある夫と共に、平穏な生活を送るが、その日々は突如壊される。

 庸介の実母から、「庸介を見た」という連絡が。
 
 前夫・庸介は、実は生きていたのか?
 もし生きているなら、なぜ庸介は消えたのか?

 早樹の胸に大きな暗雲が立ち込める。
____________________________________

 

■「とめどなく囁く」感想



 本書の面白さは、「とにかく何もかもが怪しく思える」点。
 
 早樹は庸介の生死を調べるため、庸介の釣り仲間等をかたっぱしから当たる。
 
 そのうちに早樹は、庸介について何もわかっていなかったことが判明。
 少年時代の庸介、庸介の人間関係、休日の過ごし方・・・あらゆる点において、「早樹が把握していた庸介像」と重ならないことがわかってくる。
 
 つまり「早樹が知らなかった事実を、早樹以外の人物は皆知っていた」のである。

7eac7f34e6e6d63b414005d5554c9f6c_s.jpg


 では実際に、庸介の失踪に絡んでいるのは誰なのか。
 
 数々の証言・言動から「本当の敵」を見つけ出していく過程が、本書の魅力。

 早樹の気持ちに胸を傷めながらも、「人狼ゲーム」のように「誰だ? 誰だ? あいつか? こいつか?」と"犯人探し"にのめり込める。

 作中、そんな読者の気持ちを見透かすように、「みんな隠してるんじゃないですか?」と言い放つ人物も・・・。
 
 「登場人物全員犯人!?」と思うような状況から、棒倒しのように真実が絞り込まれていくプロセスは、読む手が本当に止まらない面白さだ。

 ラストは読む人によって、意見が分かれるかも。

 読後「自分が早樹だったら、この事実、どう受け止めるだろう? 自分だったら今後、どう生きるだろう?」とじっくり考えるのも一興。

 家族や友人と読み合って、「あなたが早樹だったらどうする?」などと話し合ってみては?
 
 ちなみに私は、本書の早樹と同じように考え、未来に踏み出していくことだろう。
 実際にそんな目に遭ったら、どうするかわからないけど・・・。
                                                                     
詳細情報・ご購入はこちら↓

猿の見る夢  桐野夏生 

評価:★★★★★

「礼なきことはしてはいけないのです。なのに、人間は愚かしくて、すぐ自分の欲望に負けてしまう」
(本文引用)
______________________________

 す、す、すごい・・・・・・。
 これほど煩悩だらけ欠点だらけ、ただただ愚かで突っ込みどころ満載(というか、もうどこから突っ込んで良いのかわからないくらい馬鹿)の主人公がいるだろうか。

 もし、「主人公は正義と善意の人でなくてはならない」などという固定観念を持っていたら、全力で本書をお薦めする。
 そんな思い込みがカキーン!と宇宙の果てまで飛ばされ、猛烈に爽快な気分を味わえるだろう。

 こう書くと、「主人公に魅力を感じられない小説なんて読みたくない」と思われるかもしれない。実は私もそう思っており、途中、読むのをやめようかと思ってしまった。
 が、これがもう、なぜかたまらなく面白い。ページをめくる手が止まらない。



 だってここまでどうしようもない人物だと、行く末が気になって気になって仕方がないではないか。
 桐野夏生の新刊「猿の見る夢」は、最も主人公であってはいけないタイプの主人公が嵐を巻き起こす。新しすぎるタイプのヒーローの誕生だ!
_________________________

 主人公の薄井正明は元大手銀行勤務で、現在はファストファッションチェーンに出向している。その企業が時代の追い風を受けて業績が順調で、このままいけばその企業で社長も狙える。

 薄井が手にしているのは、それだけではない。家庭も円満で、長年付き合っている愛人もいて、さらに美しい会長秘書ともいい仲になりそうで、さらにさらに実家の敷地内に二世帯住宅を建築予定と、薄井は人生の春を謳歌している。
 そんなとき、ネット上で、社内のセクハラ問題が噂される。薄井はその解決を任され、それを機に、美しい会長秘書も出世も手に入れようと画策するが・・・?
_________________________

 この物語は、とにかく薄井の欲望のオンパレードで進んでいく。その愚かしさを絶妙に表すのが、各章のタイトル。

 「二兎追う者」「狸の皮算用」「蛙の行列」「猫に鰹節」「犬の遠吠え」「猿の水練」「逃がした魚」・・・。

 最初は何気なく目にしているタイトルだが、物語が進み、薄井が真綿で首を絞められるように窮地に追い込まれていくにつれて、ジワジワくる。
 始めのうちは、薄井のあまりの浅はかさに腹立たしさを覚えるかもしれない。が、タイトルと合わせてモニタリングする感覚で薄井の言動を見ていくと、これがもう身がよじれるほど面白い。
 「こんな風に姑息で狡猾で無神経で自分勝手な行動をとる人って、こういう思考回路なのかぁ」と、笑みすらこぼれてくる。(これは「発言小町」に読みふける時の感覚と非常に似ている。)

 欲望のままに全てを手に入れようと、驚きの図太さでのたうち回る薄井が、さて最後にどんな運命のルーレットに乗せられるか。

 正義と善意の主人公が勝つ勧善懲悪タイプの物語がお好きな方に、ぜひ読んでみてほしい一冊。

 えっ?逆じゃないかって?

 いやいや、これ、そういうのが好きなタイプの人ほどスカッとすること間違いなし。
 欲と煩悩にまみれた救いようのない愚かなヒーローの大活躍(?)に、存分に溜飲を下げることだろう。世の中甘くないようで結構甘く、でもやっぱり、甘くないのだ。

ドラマ化希望!というわけで、勝手にキャスティング
薄井正明:小林薫
朝川真奈:壇蜜
美優樹:三浦理恵子
史代:樋口可南子
志摩子:室井滋
長峰:根岸季衣


詳細情報・ご購入はこちら↓

バラカ  桐野夏生

評価:★★★★☆

この穏やかな暮らしはいつまで続くのだろう。いや、続けなければならない。(本文引用)
___________________________________

 面白い小説を読んだ時は、いつも「ドラマ化してほしい!」と思ってしまうのだが、これはぜひ映画化していただきたい。
 カワシマ役はウーマンラッシュアワーの村本さん、優子役は木村佳乃さん、田野崎理恵役は黒木瞳さん・・・。読後、そんなことを考えながら毎日ニヤニヤしている。いや、もしかするとハリウッドあたりが、先に映画化に乗り出すかもしれない。

 天変地異により、「穏やかな日常」というものが根底から破壊された世界。
 いたいけな子どもが毎日売られていく、そもそも穏やかさなどとは縁のない世界。

 そのような状況のなかで、人間を支えるものは何なのか。人は何があれば生きていけて、何を失うと生きていけないのか。



 650ページほぼ全て絶望という、ひたすらダークな本書は、我々にそんな課題を突き付ける。最後の最後に人間に残るものとは、いったい何なのか。

続きを読む

ナニカアル 桐野夏生

 「いいかい、きみの書いた物など、十年後には何ひとつ残っちゃいないんだよ。そうだな、『放浪記』は、歴史的検証物として残るかもしれない。だけど、他の作品は一切残らないぜ、絶対に。俺が断言するよ。そんなことを言って悲しくないかって?いや、悲しくなんかない。俺が好きな女は、その程度の作家だったんだからさ。」
 (本文引用)
______________________________________

 11月17日の日本経済新聞夕刊「プロムナード」において、俳人の池田澄子氏がこう書いている。

 「拳ひらくと綿虫はいなかった」

 -「真剣に生きたつもりが、ふと気付くと何も無かった、ということは誰にもありそうだ」
と語り、「拳ひらくと」と続けている。

 その記事を目にし、私はちょうど読み中だった本「ナニカアル」と重ね合わせた。

 一生懸命生きてきて、何もないのは虚しいだろうか。それとも逆に、一生懸命生きてきたからこそ何もなく、つまり大過なく過ごせたと満足できるのだろうか。


 「何もなかった」ことこそが、一生懸命生きてきた成果なのかもしれないし、「何かあった」のもまた生きてきた証ともいえる。
 果たして幸福なのは、「何もない」のか「何かある」のか。

 そんなことを厳しい眼差しで問いかけてきた小説が、この「ナニカアル」。
 人気女流作家桐野夏生が、かつて同じく人気女流作家として名を馳せた人物林芙美子に成り代わって書いた、自伝とも評伝ともとれる異色の作品である。
______________________________

 「放浪記」がベストセラーとなり、一躍人気作家の仲間入りをした林芙美子は、第二次世界大戦の最中、陸軍の要請でボルネオ島やジャワ島に派遣される。
 当時、日本国民の戦意を鼓舞するための「ペン部隊」として、多くの作家が南方に送られたのだが、書くものはもちろん行動や言論、私的な会話まで全て厳しく監視、統制された。
 そのようななか、芙美子は「反戦でも好戦でもない、戦争というものをありのまま目に焼きつけて書いていこう」と志す。

 しかしその一方で、芙美子はあることに胸を焦がしていた。
 年下の恋人である新聞記者・謙太郎との逢瀬だ。

 夫のいる芙美子と妻子ある謙太郎という、いわば道ならぬ恋であるが、二人は厳しい戦時下の目をかいくぐりながら愛を確かめ合う。
 しかし誰もが疑心暗鬼に陥る時代のなか、芙美子も次第に恋人に対し、猜疑心をふくらませていくのである。
_________________________________

 本書には、何度も「何かある」「何もない」「何があるだろう」といった言葉が登場する。そしてついには、未来ある赤子を抱きながら、芙美子の胸中で「未来ナド、ナイ」という言葉がこだまする。

 戦時中という憎悪渦巻く時代、周囲の人間の一挙手一投足に対して常に「何かある」のではと疑いつづけ、
 そして戦後は、命の危険にさらされながらも必死に生きてきた結果、「何もない」ことに気付かされ、
 しかし、そこにはまだ「何かある」と、蜃気楼を見るように希望を託す。

 才能豊かで、女として魅力的で、でも自意識過剰で、目立ちたがり屋で奔放で・・・本書は一見、そんな「林芙美子という特異な人物」ならではの戦争の生き抜き方を描いているように思える。
 しかし読んでいくうちに、それは違うということに気づく。
 この作品は、戦時下を生きる人々の混濁した心全てをえぐり出しているのだ。

 この小説は悲しくも熱い恋愛小説でもあり、力強い評伝小説かもしれないが、私は反戦小説ではないかと思う。
 戦争により、どれほど人が人でなくなるか、そしてそのような中でも人々は、どれほど人間性を保とうとあがきつづけるか、そんな希望と絶望とがない交ぜになった「戦争中」という時代を、「一人の女」の視点から生々しく描きぬいている。私はそう思わずにいられない。

 拳をひらいて、「何もない」のは絶望なのか、「何かある」のが希望なのか。
 はたまた、その逆なのか。

 読み終えた今もなお、その答は出せずにいる。



プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

最新記事
シンプルアーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR

書評・レビュー ブログランキングへ
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カテゴリ
広告
記事更新情報
リンク
広告