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知の逆転

 文学も音楽も芸術も、思い込みと想像と誤解に支えられてきたけれど、たくさんの情報がそれぞれの本来の姿をよく映し出すようになると、思い込みと想像と誤解が減ったぶん、それらの世界が必要以上に大きく見えることもなくなってしまった。
(まえがき引用)
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 SF作家であり生化学者であるアイザック・アシモフ氏は、「科学で耳にするもっとも胸躍る言葉は『へんだぞ・・・・・・』である」と言ったそうだ。
 (2013/05/08 日本経済新聞 朝刊より)

 今、話題の「知の逆転」は、まさに「へんだぞ・・・・・・」の宝庫。
 世の中の様々な事象に対して、まず「へんだぞ」と疑問をもち、さらにその疑問・批判に対しても「へんだぞ」という疑問を投げかける。

 たとえば民主主義は、本当に理想的な社会なのか。
 独裁者は、本当に悪なのか。
 インターネットは集合知なのか集合愚なのか。
 たとえ「愚」であったとしたら、なくすべきなのか。
 そして、真実は常に正しいのか。


 情報があふれる今、様々な情報に触れているようで、気がつけば自分に都合のよい情報だけを選択している・・・そんな罠に陥っていないか。
 私は、しばしばそういった恐怖感に襲われる。

 たとえばツイッター。
 タイムラインで情報を得たとしても、結局、価値観の合いそうなフォロワー同士の情報交換なので、自分が思っている以上に視野が狭くなっている可能性は十分ある。
 そしてある時、自分の考えに対して「へんだぞ」と疑問が頭をよぎっても、自分のキャラクターを変えることの難しさ、リムーヴの恐怖から、せっかく得た「へんだぞ」という気持ちを無駄にしてしまうことも多い。

 しかしこの本には、その「へんだぞ」の気持ちを怠ることなく持ち続けた「知の鉄人」たちの、今なお持ち続ける「へんだぞ」が詰まっている。
 何と贅沢な一冊であることか。

 この贅沢さは、おそらくインタビュアーである著者・吉成真由美氏の手腕によるところが大きいのではないか。

 まえがきで、吉成氏は「人と人、人と物、人と雰囲気とのケミストリー」が現代残されている唯一のロマンであると書いているが、この本はまさにそのケミストリーが実現したものといえる。
 
 あるときは「人間の幸福のために望ましい政治形態」について、あるときは「脳と芸術」について、そしてあるときは「ウェブがはらむ危険」について、止まることなく話が広がっていく。
 
 そしてその化学変化を、吉成氏は「わかる人にしかわからなくていい」ではなく、「みんなにわかってほしい」という気持ちで平易な言葉で起こしている。
 そうすることで、本書と読者との間で、また眩いばかりのケミストリーを起こす。
 この本の周りでは、そんな好循環が起きている。そんな気がしてならない。

 そしてその化学変化の始まりは、やはり「へんだぞ」の心。
 このような社会は「へんだぞ」。このような医療は「へんだぞ」。このような技術は「へんだぞ」。
 そしてその「へんだぞ」に対する「へんだぞ」。

 眩暈がしそうなほどの豊富な知識と、それを凌ぐ旺盛な批判精神。
 その荒波と格闘しながらこの本を読んでいると、不思議と何かに対して「へんだぞ」と言うことが怖くなくなってくる。

 そして気づく。
 「知の逆転」を可能にできるのは、何も世界に名をはせた学者や経営者だけではない。
 私でも、今すぐにでも、可能なのである。

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以前触れたレビューはこちら→「ソロモンの偽証」そして「知の逆転」
本書のトップバッター、ジャレド・ダイアモンド氏の著書のレビューはこちら→「銃・病原菌・鉄」
                                           「昨日までの世界」

昨日までの世界 ジャレド・ダイアモンド

 「昨日までの世界」は今日の新世界にかき消されたわけでもなければ、置き換えられたわけでもない。「昨日までの世界」の多くは、いまもわれわれとともにある。
 (本文引用)
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 昨年12月に出版されたインタビュー集「知の逆転」
 そのトップバッターとして登場したジャレド・ダイアモンド氏は、「次のプロジェクトは?」との問いに、こう答えている。
 「世界中の伝統的な部族社会とその人々についてまとめること」、そして「われわれの進化の過程を考えるうえでは、小さな社会が最も適したモデルだ」と。

 そのプロジェクトの結実が、本書「昨日までの世界」
 約600万年といわれる人類の歴史のなかで、狩猟採集社会から農耕社会へと移行したのが1万1000年前、そして国家や文字が出現したのは5000年ほど前に過ぎない。
 つまり、人類の歴史というものは「文明が起こる前」の方が圧倒的に長く、私たち(主に先進国の住人)が当然のように過ごしている社会は、人類史においてはごくごく最近、いや今朝、もしかすると数秒前にできたと言ってよいほど直前にできた世界なのである。
 
 しかしさらに驚くことに、今なお、その1万1000年前の生活を保っている人たちがいる。

 この本は、進化生物学者である一人の現代人が身をもって経験した、「昨日までの世界」の記録である。
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 本書の魅力は、何と言ってもダイアモンド氏個人の経験が、実例と実感を交えてたっぷりと紹介されている点であろう。
 「昨日までの世界」の住人-ニューギニア高地人と過ごすなかで学んだ危機・衛生管理、戦争の仕方、子育て、高齢者介護、そして法律や裁判方法等が続々と挙げられる。




 それらはみな、先進国に住む現代社会の住人にとっては驚きのもので、ダイアモンド氏も時々理解に苦しみ、住人に疑問を投げかけたり不満を募らせたりしている。
 しかしどれもこれも、実は「あー、なるほど」と納得のいく知恵が隠されているのだ。

 たとえば交通事故があった場合、伝統的社会では加害者は車から降りず、まず警察署に車を走らせる。
 その理由は、「昨日までの世界」と「今日の世界」-伝統的小規模集団と現代的国家社会の最も大きな違いによるものである。
 伝統的社会は自己の陣地や縄張りを重んじ、また住民同士は全て近親者という考えを持っている。一方、現代社会は縄張り意識が希薄な代わりに、出会う人は皆「赤の他人」であることを前提として行動している。
 
 そうなると当然、裁判の方法も違ってくる。
 伝統的社会では「裁判後もずっと付き合い続ける」ことを視野に入れた方法で行われ、現代社会では「裁判後はもう会うことはない」という考えのもとで行う。

 こういった数々の事例を読み進めていくうちに、「自分を取り囲む社会をどのように認識しているか」を自己に問い直し、そして「1人ひとりの認識を集め、大多数の人々に共通した認識を形にしたものが国家である」という事実に改めて愕然とさせられる。

 そして、個人的に強い興味をもって読んだ「子育て」の項。

 「早くに離乳するか授乳を続けるか」、「第2子以降の出産間隔を空けるか否か」、「親子で一緒に寝るか別々に寝るか」、「危険なものを与えるか遠ざけるか」等々について、何が良くて何が悪いではなく、環境(気候、食べ物を得る手段等)や社会に対する考え方から述べられており、目から鱗がボロボロ。
 ともすれば、すぐさま正否を判断しようと焦り戸惑う「子育て」論だが、この本に載せられている伝統的子育て及びそれに対する著者の見解を読み、一気に視野が開けたような気がする。

 今、置かれている「変えようもない」環境を抜きにして、安易にジャッジなどできない。
 裏を返せば、環境や状況に沿った選択をしていけば良い、いやそうするしかない、ということになる。
 こう考えられるようになったことが、本書を読んで得た大きな収穫と言えるだろう。

 頭の中だけで考えたら、現代人の行動を否定し、先人を賞賛するという極端な考えに陥ってしまうかもしれない。
 しかしこの本は、そんな罠にはまるのを防いでくれる。

 著者が実際に伝統的社会に入り込んだが故に発見した、

 伝統的社会が得たくても得られなかったもの、
 現代社会が得たもの失ったもの、
 そして伝統的社会と現代社会とが融合しているもの・・・。

 そう、ダイアモンド氏は、そんな「『昨日までの世界』の多くは、いまもわれわれとともにある」という事実を、命がけで我々に伝えてくれている。
 そして我々はそれを知ることで、生命を維持するために必要なアンテナが研ぎ澄まされ、さらに心の安寧をもはかることができるのだ。

 この本から受けた恩恵は、これから生きていく間にあらゆる局面で効いてくることであろう。
 倒木やカヌー事故等数々の死の恐怖を乗り越えて、この本を上梓してくれたジャレド・ダイアモンド氏に、心から感謝の意を表したい。

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ジャレド・ダイアモンド氏の他作品のレビューはこちら→「銃・病原菌・鉄」

「銃・病原菌・鉄」

 辺鄙な村に住み、学校教育を受けたことのないニューギニア人が町にやってくれば、町の西洋人の目には間抜けに見えるだろう。その逆に、私には、ジャングルの小道をたどるとか小屋を建てるといった、ニューギニア人であれば子供の頃から訓練を受けている作業はうまくこなせない。だから、彼らと一緒にジャングルにいるときには、自分はいかにも間抜けに見えるだろうと、私はいつも意識させられたものである。(本文引用)
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 今、世界史がブームらしい。
 ウイリアム・H・マクニールの「世界史」上下巻が書店で平積みになり、ここ数ヶ月のベストセラーランキングに必ずランクインしている。
 一説によると、東日本大震災以降「自身の、人類の来し方行く末を見つめたい」という欲求が高まっているとのことだ。

 そしてまた、この一冊も再度注目を浴びている。
 ピュリッツァー賞受賞作であり、朝日新聞「ゼロ年代の50冊」第1位に選ばれた本「銃・病原菌・鉄」だ。

  

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 生物学者である著者ジャレド・ダイアモンドがこの本を書いたきっかけは、ある1人の人物の言葉である。

 「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」

 研究のためパプアニューギニアを訪れていたダイアモンド氏が、現地の政治家ヤリ氏に問われたこの質問。
 この真摯な問いかけに、果たしてどう答えればよいのか。
 それが、本書誕生の出発点である。
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 先進国の白人と発展途上国の黒人との間には未だに差別感情が根深く、しばしば黒人は知能等の面で劣っているなどと思われがちである。
 しかし、ダイアモンド氏は言う。両者の間に人間的資質の優劣はない。むしろ途上国の人間の方が脳の発達は優れているはずだ、と。

 だからこその、ヤリ氏の質問だ。
 では、なぜそれぞれの生活がこうも違うのか。
 その疑問から、ダイアモンド氏は、人類の発展を地形・気候・食料・文字など多種多様な観点から研究を重ねる。
 そこで得た結論は、現在の生活が異なるのは、大陸ごとに人類の歴史が異なるからだ。そしてその歴史を異ならしめたものは、人々の資質ではなく環境である、と。

 そしてその環境を作る要素は、「民族制圧のための武器」と「身分の貴賎に関係なく命を脅かす疫病」、そして「農耕や狩猟に用いられる鉄器」、すなわち「銃・病原菌・鉄」に集約されるという。

 この本を貫くのは、人類の歴史とはすなわち「征服と滅亡の歴史である」ということだ。
 
 特に筆者が熱く語っているのが、スペインの征服者ピサロによるインカ帝国征服のエピソードだ。
 たった60人の騎兵と106人の歩兵しかもたないスペイン軍が、8万人の兵士を擁するインカ帝国側を倒したのはなぜか。
 
 そこにあるのは、やはり「銃と鉄」。スペイン側は鉄剣や銃器を持ち、甲冑に身を包んで戦いに臨んだ。一方のインカ帝国側はそのとき、木や石の棍棒しか持っていなかった。その時点でもはや勝負はついていたのである。
 さらに、そもそもなぜスペイン軍がインカ帝国を攻め込んだのか、という点については「病原菌」で説明できる。当時インカ帝国では天然痘が大流行し、王族たちも次々と死んでいった。そこで王位後継者をめぐる争いが起き、内戦が勃発。もはや完全にチームワークを欠いた状態になっていることを聞きつけたピサロは、急遽インカ帝国を攻め込んだのである。

 これについては、まずピサロの嗅覚に脱帽するが、「銃・病原菌・鉄」の3要素はこれほどまでに人類の歴史を変えてしまうということである。

 著述はそこから、狩猟民族と農耕民族との間に起こる発展の差異、食糧供給の高まりによる人口の増加、民族による文字の伝播の有無、「火薬・羅針盤・活版印刷」の三大発明、ついにはタイプライターのキーボード配列等にまで展開されていくが、そこに常に横たわるのは「銃・病原菌・鉄」。
 人類は1万年以上もの間、それらを使いこなし、また振り回されながら歩んできたのである。

 歴史学・考古学ではなく、あくまで生物学的な視点から世界史を論じる本書は、一部こじつけとも珍説ともとれる箇所があり、一歩間違えれば「トンデモ本」になりそうな危険性をはらんでいる。
 しかし、人類の発展をすべてその三要素に集約させようとするオリジナリティあふれる見解は、読む者の眼をハッと開かせる新鮮さがあり、教科書では味わえない、人を惹きこむ不思議な説得力がある。
 「勉強になった」と言う以上に、純粋に「面白かった」と言える本である。

 大規模な災害を経験した今、大自然の前で無力な人類はこれからどうなっていくのだろう、と不安に駆られるのも無理はない。
 そんな危機に瀕したとき、この本は「今までどのように乗り越えてきたか」、「逆にどうして乗り越えられなかったのか」、そしてそれを踏まえて「どのようにして乗り越えていくか」を考える一助となってくれることだろう。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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