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「一人っ子同盟」感想。「重松清の小説はこの世に不可欠」と確信した一冊。

評価:★★★★★

 「あっしは、まだ赤ん坊の頃の、最初の最初の最初から、見捨てられてるんでやんスよ。だから、そのあとは、もう、どれだけ見捨てられてもOKなんでやんス」
(本文引用)
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 重松清の本は、世の中になくてはならない物だ。

 なぜなら重松作品は、決して「ひとりぼっち」をつくらないから。
 誰も一人にしないから。

 だからといって重松作品は、「みんな仲良く友達になりましょう」と言ってるわけではない。

 表面的には一人でいてもいい。

 ただ、「誰か助けて」という小さな声を絶対に聞き逃さない。
 誰かを求める瞳を、決して見て見ぬふりをしない。


 そんな「誰も一人にしない」という信念が、重松作品にはある。

 だから重松作品を読むと「ああ、自分は決して一人にはならない。本当の孤独なんてない」と力がわいてくる。
 
 誰かが必ずそばにいてくれる、と心がスッと軽くなる。 

 だから断言できる。
 重松清の本は、この世の命綱。

 誰に見捨てられても、重松作品だけは見捨てない。

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「はじめての文学 重松清」。反抗期の子どもが「読みたい!」と熱望。親子ゲンカに効く一冊。

評価:★★★★★

 あった。
 裕太からの年賀状、来てた。
 『あけまして ごめん』

(本文引用)
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 小学校高学年の娘が、「どうしても買ってほしい!」とせがんだ一冊。
 盛大に親子ゲンカをした直後、某通信教育の教材に取り組みながら、そう訴えたのだ。
 
 子どもは国語の長文を読み「そうそうその通り!ホンットーにそうなんだよ!!」と熱狂。
 「ママ、このお話の続きが読みたい! どうしても読みたい!!」と言いだしたのだ。

 出典には、重松清『カレーライス』」との文字が。 

 「よーしよしよし、重松清さんならぜひぜひ読ませてあげよう」と思ったが、単行本にはなってない様子。

 ちょっと調べたところ、どうやら「はじめての文学」という短編集に収められているらしい。

 重松清さんの短編集なんて、「小学生の読書の入り口」として最高!


 というわけでさっそく購入。
 読みながら、私まで「わかるわかる~!」「そうそうそうそう、親だって大変なのよね~」と何度も首肯。

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 子どものために買ったはずが、私が夢中に。
 まるでオモチャの取り合いのように、親子で本書を楽しんでいる。

 そして気がつけば、親子ゲンカはすっかり終わっていた。
 
 それにしてもなぜ重松清さんの本には、大人も子どもも引き付けられるのか。

 さらになぜ重松清さんの本は、親子ゲンカを鎮めてくれるのか。

 「重松清の魔法」が凝縮された本書に、その秘密が隠されていた。
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 本書な8編から成る短編集。

 少年野球の監督になり、メンバー編成に頭を抱える父親。
 両親の離婚で、「新しいあだ名づくり」に悩む少年。
 出勤後の父親の「意外な姿」に、人生を見つめ直す高校生。
 父親とケンカし、「絶対にごめんなさいは言わない」と心に決める息子。
 友達と仲違いをしたまま、新年を迎えた小学生・・・。

 どれもこれも「人と人は、どうしてこうもわかり合えないのか」とじれったくなる話ばかり。
 しかしラストは「人と人は、どうしてこうもわかり合えるんだろう」とジンとくる。

 特に胸が熱くなったのは、第一話「卒業ホームラン」と第七話「あいつの年賀状」。

 徹夫は甲子園出場経験を買われ、少年野球チームの監督を任される。
 そこで悩むのがメンバー編成。

 上手下手だけで決められるなら、まだ楽だ。
 問題は保護者。
 あまり上手でない子の親から、「祖父母が来るので試合に出してほしい」などと言われると、一気に胃がキリキリしてくる。

 しかも徹夫の息子・小6の智は、野球がうまくない。
 父親として「試合に出してやりたい」という気持ちもかすめるが、そこはあくまで公平に。
 一向に上達しない智を「嫌にならないのか、腐らないのか」と不思議な思いで見つめている。

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 徹夫にはもうひとつ、悩みがあった。
 それは中二の娘・典子の態度。
 「勉強して何になるの? 努力して本当に報われるの?」と毎日反抗し、無気力な生活を送っている。

 徹夫は、典子に反論できずモヤモヤ。
 努力が報われない日々を送る息子・智の姿を見ているだけに、強く言えないのだ。

 そして第七話「あいつの年賀状」。

 主人公は小5の男子。
 親友・裕太と絶交し、年賀状も出すもんかと意地を張る。
 
 そんな時、裕太が転校するとの知らせを聞き・・・?

 本書の登場人物は、みーんな意地っ張り。
 「何でそんな意地を張るかなぁ?」と、ため息をつきたくなる人ばかりだ。

 重松清は作中で、特に仲裁するでも説教するでもない。
 ただただ意地っ張りさんや、意地っ張りさんに苦しむ人の心を淡々とつづる。

 だから重松清を読むと、不思議なほど素直に「ごめん」と言える。

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 「説教されたから謝る」のではない。

 「ああ、意地を張るってかっこ悪いな。失うもの多いな。
 私は今、意地を張っていて、大切な人を失う可能性がある。
 それでいいのか? いや、絶対にイヤだ。
 私はこの人が大切だ。今冷静になり、自分の非を認めないと、この人を失ってしまう。
 私はこの人を決して失いたくない。

 だから・・・意地を張るのはやめよう・・・」

 そんな気持ちが、心の奥から自然と芽生えてくるのだ。

 もし大切な人と仲違いをしてしまったら、ぜひ「はじめての文学 重松清」を。

 一話一話が短いため、ケンカ鎮静に即効性あり。
 
 家族が集まるリビングに、そっと置いておいてはいかがだろうか。
                                                                    
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重松清「ニワトリは一度だけ飛べる」。刺激的であったか~い異色のビジネス小説。

評価:★★★★★

 「でもね、ニワトリだって飛ばなきゃいけないときはあるんですよ。ほんとうは飛べるんですから。自分が飛べるんだってことを、忘れちゃってるだけなんですから」
(本文引用)
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 小1の時、授業で先生が「ニワトリは飛べると思う人!」と聞かれ、手を挙げたのが私だけだった。
 先生は「●●さんだけが間違い」と言い放ったが、私は全く傷つかなかった。

 だって、私は見たことがあったから。
 祖父母が住む山口県で、ニワトリが飛ぶ(一瞬だけど)のを見たことがあったからだ。

 先生は「ニワトリが飛ぶ」と言った私を否定した。
 しかしそれで私はもっと嬉しくなった。

 「ニワトリが飛べると知ってるのは、クラスで私だけなんだ!」

 
 そんな猛烈な優越感に浸り、ウキウキしながら母親に報告したところ、母は大笑い。
 「そうよねえ、ニワトリ、飛ぶわよねえ! それにしても人と違う意見を言えた●●ちゃんは偉い!」

 母は「人と違うことを言った」と、私をおおいに誉めてくれた。
 だから私にとって「ニワトリが飛べる」ということは、ものすごーく嬉しくって楽しくって甘酸っぱい思い出につながっているのだ。

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 (ちなみに私の兄は「そうだよ!山口県には言葉を読める犬だっているんだから!」と鼻高々。
  それは叔父が運営していた植物園に「犬、入るべからず」と張り紙をしていたからだが・・・)

 だから私は、本書を即買い。
 読めばさっすが重松さん!

 ビジネス小説なのに童話が巧みに盛り込まれ、ココアのような温かく優しい物語に仕上がっている。
 重松さんの小説は、何でこんなに優しいんだろう・・・。

 またひとつ、「ニワトリが飛べること」が私の人生を彩ってくれた。

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■「ニワトリは一度だけ飛べる」あらすじ



 酒井裕介は39歳。
 妻と、子どもが二人いるサラリーマンだ。

 ある日、酒井は突然異動の内示を受ける。
 異動先は「イノベーションルーム」。
 社史編纂などを一日中行なう、いわば「左遷部署」だ。

 イノ部屋に左遷されたのは、裕介だけではなかった。

 同期の出世頭・羽村もまさかのイノ部屋へ。
 
 そして他の支社から、若手社員の中川も異動。

 室長はミスが多いと有名な江崎だ。

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 突然の左遷にくすぶる裕介だが、彼のもとにあるメールが届く。
 件名は「ニワトリは一度だけ飛べる」

 さらに後日、裕介たちを「オズの魔法使い」になぞらえたメールが。
 
 羽村はカカシ、中川は「ブリキの木こり」、そして裕介は「臆病なライオン」に・・・。

 裕介は連日送られてくる、謎のメールに首をかしげながら、徐々に「働き方」を見つめ直すことに。

 そのうち、異動の謎があらわになり・・・?
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■「ニワトリは一度だけ飛べる」感想



 サラリーマン小説に「オズの魔法使い」を入れてくるなんて、やっぱり「重松さんはすごいなぁ・・・。うまいなぁ・・・」と惚れ惚れする。

 ビジネス小説にありがちな「不正暴露」「大逆転」劇だが、登場人物を童話になぞらえるという斬新設定で、面白い面白い!

 勇気のないライオンは、心のない木こりに、どんな人間性を吹き込むのか。
 知恵のないカカシは、いつ自分の無能ぶりに気づき、本当の知恵を取り戻すのか。

 三者三様の長所・短所を生かしながら、「三匹のおっさん」さながら「三匹のビジネスマン」が正義を貫く展開は、何とも痛快。

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 さらに逆転までの道筋も、重松作品では珍しいほどサスペンスフル。
 「えっ?あの人がまさか・・・」と、意外な真相が明かされる。
 温かさのなかにも、胃が痛くなるスリリングさもあり、息を止めて読んでしまった。
 
 単なる「ビジネスマン逆転小説」とは、明らかに一線を画す「ニワトリは一度だけ飛べる」。
 
 「自分はいったいどのキャラクターだろう? ライオン?カカシ?木こり?」
 そんなことを想像しながら読むのもオススメ。

 己のキャラクターがわかったら、そしてその欠点を埋める努力をすれば、必ず人生大きく拓ける。
 
 より豊かな人生をおくる道筋が、ピカッと見えてくることだろう。

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「木曜日の子ども」感想。重松清史上最恐ホラー。「良い親」幻想は子どもをここまで追いつめる!

評価:★★★★★

「命を武器にして闘うしかない奴っていうのは、いるんだよ、どうしようもなく」
(本文引用)
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 「良い親であろう」と思うことは、悪いことではない。
 悪いことではないが、危険なことではある。

 「良い親であろう」と思うことは、時に子どもを追い詰める。
 「理想の親」像を追い求めると、子どもの姿が見えなくなる。

 重松清最新刊「木曜日の子ども」は、世の親たちにそんな警鐘を鳴らす。

 「良い親」であろうとする者の行き着く先は・・・とんでもない地獄かもしれない。

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■「木曜日の子ども」あらすじ



 主人公・清水は、今必死に「父親」になろうとしていた。
 結婚相手の女性に、14歳の息子がいるからだ。

 息子・晴彦は、以前苛烈ないじめに遭っていた。
 母親の離婚後、同級生の一部が、母親を侮辱する書き込みをネットにアップ。
 
 いじめはエスカレートし、晴彦は自殺未遂をする。

 そして今、晴彦と母親、そして清水は新生活を送ろうとしている。

 引っ越した先は閑静な住宅街。
 やっと落ち着いた生活を手に入れたと思ったが、そこからが事件の始まりだった。

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 晴彦の転校先は7年前、大量殺人が起きた中学。
 生徒が給食に毒物を混ぜ、生徒9人が死亡、多数の重軽症者を出す大惨事があったのだ。

 事件が起きた街では、加害者・被害者宅が空き家、更地になるなど爪痕が残る。

 しかし清水たちは「昔のこと」を気にせず、快適な新居に住みはじめる。
 隣人は気さくで、近所づきあいもうまくやれそうだ。

 清水一家は希望に満ちていた。

 しかし清水には、どうしても気にかかることがあった。

 事件当時を知っている人が、異口同音にこういうのだ。

 晴彦が、あの事件の犯人に似ている、と。

 その後、街には不審死が相次ぐように・・・。
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■「木曜日の子ども」感想



 本書は一言でいうと、サイコホラーだ。
 恐怖度は、日本文学史上最強レベル。
 描かれているような事件は、まず起こらないだろう。

 しかし本書を読んでいると、胸がざわついて仕方がない。
 明日にでも起こるのでは・・・という不安に襲われ悪寒が走る。

 なぜなら、この物語が突きつける問題はとてつもなく現実的だから。
 親として、絶対に一度はとことん考えねばならない問題だからだ。

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 子どもが誰かを殺す。
 はたまた、子どもが自分を殺す。

 そんな事件が起きた時、大人はいつも「命の大切さ」を唱える。
 親はわが子に、「あなたがいちばん大切」「絶対に自殺なんかしないで」などと語りかけるだろう。

 しかし子どもが本当に追い詰められた時、そんな言葉は何の効果もないことを、本書はバラシてしまう。
 正論なんかじゃ子どもを助けられないことを、本書は容赦なく言ってしまう。

 だからこの物語は恐ろしい。
 思いっ切りフィクションなのに、「今そこにある危機」に思えて仕方がないのだ。

 子どもだって本当は死にたくない。
 でも「自分の未来を終わらせることしか方法」がないというときもある。

 さてそんな時、親は何ができるのか。

 本書は凄惨なシーンを交えながら、世の親にギリギリまで問い詰める。
 「お前は、本当に『子どもにとって良い親』なのか?」と。

 今、「親らしくあろう」「良い親であろう」と必死になっている人は、ひと息ついて、本書を読んでみてはいかがだろうか。
 
 その理想像は、もしかすると「子どもの気持ちを無視したもの」かもしれない。
 理想像を追う親の姿は、子どもを追い詰めるものかもしれない。
 
 「良い親であろうとすること」-その幻想と執着を忘れた時、人は本当の親子になれるのだ。

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重松清「どんまい」感想。重松清はなぜ多くの小説を書けるのか、理由がわかった一冊。

評価:★★★★★

「人生なんてリーグ戦だよ。勝ったり負けたりして、そりゃあ順位はつくかもしれないけどな、一回負けたら終わるなんて、そんな人生はないんだ、どこにも」
(本文引用)
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 重松清は多作だ。
 読んでも読んでも未読の本が出てくる出てくる。
 
 読んでいない本を見つけるたびに鉱脈を見つけた気がして、その日一日幸せな気持ちになる。

 ではなぜ、重松清の小説は多いのか。

 「どんまい」を読み、やっと謎が解けた。

 重松清は、この世から「ひとりぼっちの人」を一人も出したくないのだ。

 ひとりでもがいている人、味方がおらず心細い思いをしている人、誰かと一緒にいても心が孤独な人。

 ポツンとしているとか、友だちと騒いでいるとか、そんなことは関係ない。


 
 「自分はひとりぼっちだ」と感じている人に、一人でも多く寄り添いたいと思っているのだ。

 これは、あくまで私個人の考えだ。
 重松清氏に聞いてみたら「えっ? 違うよ」とあっさり言われてしまうかもしれない。

 しかし「どんまい」を読むかぎり、私にはそう思えて仕方がない。

 だって本書は野球を通じて、ホントにみーんな「ひとりぼっち」から救っているのだから。
 
 このままいくと重松さん、全人類「ひとりぼっち」から救っちゃいそう。

 「どんまい」には、そんな重松イズムがあふれている。
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■「どんまい」あらすじ



 舞台は東京都内の団地。

 洋子は夫と離婚し、中学生の娘と二人暮らし。
 この先どうしようかと考えていたところ、掲示板のチラシに惹きつけられる。

 団地の草野球チームがメンバー募集しているとのこと。
 しかも性別・年齢不問。
 
 ずっと「女だから」と理不尽な差別を受け、やりたいことをずっと我慢してきた洋子。
 洋子はそのチラシを見て、一気に若い頃の情熱がよみがえってきた。

 「・・・・・・わたし、ミズハラユウキになりたかったんだ、昔・・・・・・」


 水島新司「野球狂の詩」の女ピッチャー、水原勇気に憧れていた洋子。

 彼女はさっそく野球チームのメンバーに申し込む。

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 そしてある若い男性も、メンバーに応募しようとする。
 男性の名は加藤将大。
 かつて高校球児で、甲子園経験もある。
 現在プロ野球で活躍するエースと、バッテリーを組んでいた凄腕だ。

 そんな将大が草野球チームに入るのは、はっきり言って役不足。
 しかし彼にはある思いがあったのだ。

 老若男女よりどりみどり、相手チームはお年寄りばかり・・・そんな異色の野球チーム「ちぐさ台カープ」。

 多くの難題を抱えたまま、いよいよデビューするのだが?
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■「どんまい」感想



 「どんまい」には、クセのある人間が多数登場する。

 家が金持ちで野球もうまいが、態度が横柄で周囲から距離をおかれる男。
 「自分が絶対正義」と疑わず、家族にプレッシャーをかけてしまう女。
 悲劇のヒーローを気取りながら、何かと女を見下す男。
 過去の栄光にすがり、傲慢な態度をとりつづける男。
 
 他の重松作品に比べ「いい人率」が低め。
 はっきり言って、「ウザい」と言われるタイプの人が多い。

 だからこそ、「誰も一人にしない」重松イズムが爆発。

 周囲から浮いていた過去、周囲から浮いている現在、世間から忘れ去られるであろう、残酷な未来。

  「どんまい」は、そんな人たちの心を丁寧にすくいあげ、孤立・孤独から確実に救い出していく。

 本当は一人になるのが怖い。でも弱音が吐けない・・・そんな者たちの心をやわらげ、本当の孤独から脱出させるのだ。

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 たとえば印象的なのが、横柄男ヨシヒコに、寡黙少年・沢松を引き合わせるエピソード。
 ヨシヒコはとにかく身勝手な性格で、野球部で孤立した経験がある。

 一方、沢松は性格は穏やかだが、野球が上手すぎて部活ではじかれ人間不信になる。

 そこで洋子の娘・香織が一計を案じ、沢松をヨシヒコのもとへ。
 それはヨシヒコも沢松も一人ぼっちにしないための、名案(妙案?)だったのだ。

 さらに本書では「あいつはひとりぼっちになってもいい」という思考を、徹底的にシャットアウト。
 
 ある日、ヨシヒコの存在を疎ましく思っていた者たちが、ちぐさ台カープに試合を申し込む。
 それは生意気だったヨシヒコに復讐するための試合。
 ヨシヒコが困る顔を見たいという、意地悪な発想で申し込まれたものだ。

 確かにちぐさ台カープの面々も、ヨシヒコの言動には呆れている。
 しかし彼らはヨシヒコを守る。
 「まさか」のエールで、ヨシヒコを守り通すのだ。

 一見、ヨシヒコがギャフンと言えばスカッとするように見える。
 だが、復讐することが本当の解決といえるのだろうか?
 ひとりぼっちの人間をさらにひとりぼっちにすることが、そんなに愉快なことだろうか?

 「どんまい」は、どんなに問題のある人間も決して一人にしない。

 誰かをひとりぼっちにしても、誰も幸せにならない。
 誰もひとりぼっちにしない勇気と行動こそが、皆を幸せにするのだ。

 今、「自分はひとり」と感じている人は、ぜひ「どんまい」を読んでみてほしい。
 「ポツンと一人でいる」という意味ではない。
 家族といても友人といても「自分はひとりぼっち」と感じていたら、「どんまい」を手に取ってみてほしい。

 「自分はひとりじゃない」と、きっと思えるはず。
 「誰かが必ず寄り添ってくれる」
 そんな自信がもてるはずだ。

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重松清「きよしこ」感想。人はきっと悲しみの分だけヒーローになれる。

評価:★★★★★

 君が話したい相手の心の扉は、ときどき閉まっているかもしれない。
 でも、鍵は掛かっていない。鍵を掛けられた心なんて、どこにもない。

(本文引用)
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 「青い鳥」の村内先生を、重松清はヒーローと呼んだ。
 一人ぼっちの生徒を、周囲のどんな荒波にも負けず、絶対に絶対に一人にしない村内。
 彼は確かに、真の勇者だ。
 
 では村内はなぜヒーローになったのか、なれたのか。

 その答えが「きよしこ」にあった。

 本当のヒーローになれる人間は、ただ静かに、他人の痛みにとことん寄り添える人。
 そして他人の痛みにとことん寄り添える人は、それだけ悲しみ・痛みを味わってきた人。

 だから今、人知れず痛み・苦しみを味っている人はヒーローの卵たち。
 未来の英雄たちなのだ。
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■「きよしこ」あらすじ


 
 キヨシ少年には吃音があった。
 加えて父親の仕事で引っ越しが多く、小学校時代は転校ばかり。
 
 自己紹介もうまくできず、言いたいことも伝えられないため、人間関係をうまく築けない。
 なかには、キヨシの吃音を揶揄するような教師までいる。

 しかしキヨシの成長とともに、クラスメイトも成長。
 キヨシの悩みを理解し、付き合う友だちも増えてくる。





 一方で、他に一人ぼっちになりがちな生徒も。
 孤独を知るキヨシは、一人ぼっちの生徒に意識を向けていく。
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■「きよしこ」感想



 「きよしこ」は七編からなる短編集。
 キヨシ少年の小学校時代から大学受験までを追っていく。

 全編を通じて痛感するのは、「人は悲しみを味わった分だけ優しくなれる」こと。
 「悲しみを味わった分だけヒーローになれる」ということだ。

 主人公キヨシはうまく話せないことで孤独を味わうが、実は彼より壮絶な孤独を味わう少年たちが、ここにはいる。

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 他人に無神経な言動を繰り返しては距離を置かれ、キヨシを無理やり「親友認定」する少年。
 野球がうまくスタメン・エースの4番に抜擢されるが、「転校生」というだけで阻害される少年。
 
 「ウザい」「よそ者」「あいつとは付き合わないほうがいい」「不良」・・・そんな理由で、彼らは一人になっていく。

 そこでヒーローとなるのがキヨシだ。
 ヒーローとはいえ、皆に「すごーい!」と言われるようなヒーローではない。
 一人ぼっちの人間にただ寄り添うという・・・冬空に瞬く一番星のようなヒーローだ。

 「一人ぼっちの人間に寄り添う・・・それだけでヒーロー?」と首を傾げるかもしれない。
 しかしそれがどれほど勇気がいることか・・・本書を読むとズシーンと来る。
 「これはなかなかできないことだ」と、ただただうなだれる。
 
 一方で、この物語には「ヒーローもどき」もいる。
 正論で弱者を説教したり、「かわいそう認定」をして、かばったりする者だ。

 そんなヒーローもどきに対し、キヨシは時々キレる。

 ヒーローもどきは、真のヒーローを騙すことはできない。

 悲しみを心のどこかで「他人事」と思っているうちは、余計なことを言ってはいけない。
 悲しみを身をもって知っている人だけが、痛み・悲しみに寄り添える。

 人は、世の中の悲しみの分だけ、そんな謙虚さをもって行動すべきなのだろう。

 その謙虚さ・優しさ・勇気があれば、人は誰でもヒーローになれる。
 小さくてもよい。
 1人の人間の心の灯になれば、「真の英雄」になれるのだ。

 ちなみに本書を読む際には、「泣いた赤鬼」を併読するのがおすすめ。
 本書のなかで、キヨシ少年が「泣いた赤鬼」の感想文を書くくだりがある。
 
 実は私も「泣いた赤鬼」は大大大好き!(何度読んでも号泣)

 青鬼くん、キヨシ、そして村内先生。
 
 「そうだよなぁ・・・。本当のヒーローっていうのは、こういうことを言うんだよなぁ・・・」
 
 「きよしこ」「青い鳥」「泣いた赤鬼」三冊を眺めながら、そうつぶやいた。




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「青い鳥」(重松清)感想。「いじめ加害者」の立場で悩んでいる人、新学期前にぜひ読んでみて!

評価:★★★★★

 「嘘をつくのは、その子がひとりぼっちになりたくないからですよ。嘘をつかないとひとりぼっちになっちゃう子が、嘘をつくんです」
(本文引用)
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 「いじめ」はいじめている側が、絶対的に悪い。
 「いじめられている側にも原因が」なんて言い訳は通用しない。
 
 交通事故はまだ、「被害者が急に飛び出した」など被害者に非がある場合もあるだろう。

 しかし「いじめ」だけは、加害者が悪い。
 他人の人生を根底から破壊する、「加害者が絶対的に悪い犯罪行為」なのだ。

 ではどうすれば、「いじめ」はなくなるだろう。

 もしかすると今、いじめている人のなかには「いじめをやめたい」と思っている人もいるかもしれない。
 でも「自分を大物に見せるため」「周囲の手前、引くに引けない」など色々な理由で、「いじめ」をやめられなくなっている人もいるだろう。


 もし、もしも「本当はいじめなんてしたくない」と少しでも思っているのなら、本書を読んでほしい。
 
 本書の主人公・村内先生の存在を知ったら、あなたの中の「悪魔」がスウッと消えてくれるかもしれない。
 「ああ、だから自分はいじめがやめられなかったんだ」と初めて気づき、生まれ変われるかもしれない。

 そして村内先生のように、自分に対してこう語りかけることだろう。

 

自分を。嫌いになる前に。間に合ったんだよ。きみは。



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■「青い鳥」あらすじ



 村内は中学校の国語教師。
 正規教員ではなく臨時教員として、各地の学校をまわっている。

 実は村内は言葉をうまく話せない。
 吃音のため、なかなかスムーズに言葉を伝えることができないのだ。

 生徒たちは戸惑い、なかには陰でからかう生徒も。
 
 しかしそんな村内を、恩師と慕う生徒たちがいる。

 彼らの多くは、心の深い傷・闇をもった者。
 教師をナイフで切り付けてしまった子、父親が線路で飛び込み自殺をした子、両親に虐待された子・・・。

 特に「いじめの加害者」の生徒に、村内は徹底的に向き合う。

 「みんなは、野口くんを、踏みにじった。野口くんの、くっくっ、苦しみに、きききっ、気づかないほど、あの子のこっ、こっ、ことを、かっ、軽くしか見てなかったから・・・・・・だだだだから、先生は、くっ、クラスでいちばん、あの子の、こっ、ことを、たたたっ、たいせつに、してやるんだ」

 「いじめ」で、一人の生徒の人生を破壊した加害者たち。

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 彼らの心に、村内の言葉はどう響くのか。

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■「青い鳥」感想



 本書の魅力は、まず「いじめを絶対に許さない」という視点から描かれていること。
 さらにそこから「いじめの根本的な解決策」が、しっかり書かれている点だ。
 
 村内が施す解決策は、懲罰などではない。
 「いじめをやめよう!」とスローガンを掲げることでもない。
 加害者と被害者を引き離すことでもない。

 村内は、ただただ加害者のそばにいる。
 絶対に加害者を、ひとりぼっちにはしないのだ。

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 こう書くと、まるで「村内は加害者を擁護している」ように思えるかもしれない。

 しかし加害者をひとりぼっちにしないことが、加害者の真の改心につながっている。
 被害者の無念、悔しさを加害者に気づかせ、「いじめ・からかい」がいかに愚かしいことか、いかに心貧しい行為であるかをわからせるのだ。

 特に「村内のすごさ」がわかるのが、最終話「カッコウの卵」。

 中学時代、生徒や教師に暴力行為を重ね、手が付けられなかった少年・松本。
 松本は村内に救われ、大人になって所帯をもっても、村内のことを忘れずにいる。

 ある日、松本は偶然村内を発見。
 ぜひ会いたいと、村内が勤務している中学を訪れるが、そこで在校生と衝突。
 
 その在校生は村内の吃音をからかったのだ。

 頭にきた松本が在校生にすごんだところ、後に「暴行・恐喝された」と冤罪をかけられる。

 他の教師は生徒の言うことを信じ、松本を警察に突き出そうとするが、そこで村内が驚きの発言をする。

 「二人とも信じればいいじゃないですか」

 どちらかが嘘をついてるに違いない-その状況で「二人とも信じる」とは、どう考えても無理だ。
 しかしその「二人とも信じる」ことが、「いじめ」の根本解決につながるのだ。

 加害者はなぜ嘘をつくのか?
 なぜ加害者は、親や教師の前では「良い子」を演じるのか?

 その真相を村内は「ひとりぼっちになりたくないから」と言い切り、二人を同時に守る。
 
 被害者からすれば、「加害者を守る」ことに納得はいかないだろう。
 その場ですぐに「加害者はウソをついている」と言い切ってくれたほうが、どんなにいいかと思うだろう。

 しかし二人を信じる、二人をひとりぼっちにしないと村内が言い切った後、果たしてどういう展開になるか。

 それを読めば、「いじめの根本解決」の芽が見えてくる。
 
 解決に加え、決して再発もしないであろう至高の策が、ありありとわかるのだ。

 冬休みに入り、年明け、また登校前に「悩む子」がいることだろう。

 もし現在、「本当はいじめなんてしたくないのに、いじめがやめられない」と悩んでいるなら、本書は必読。
 加えて、「どうやらうちの子はいじめをしているらしい・・・」と悩む保護者の方にも読んでほしい。

 「ああ、もっと早くからこうすればよかったんだ」と後悔するかもしれないが、今ならまだ間に合う。
 1人ひとりが村内先生になれば、きっとまだ間に合うのだ。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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