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草花たちの静かな誓い  宮本輝

評価:★★★★★

 「なぁ、きみたち、レイラのために奇跡を起こしてくれよ。レイラが元気に生きていて、優しい恋人がいて、しあわせを享受しながら楽しい日々をおくっているっていう奇跡を起こしてくれよ」
(本文引用)
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 大好きな宮本輝さんの最新刊。私にとって、宮本作品はほぼ100%面白いので、ハードカバーであろうと上下巻であろうと必ず買う。少々懐が痛もうが、それ以上に得るものがあるとわかっているのだ。

 そして今回も、「1700円+税ぐらい全く惜しくない」と、心から思わせてくれる小説だった。
 
 宮本作品にしては珍しく、ミステリー色がかなり濃厚な内容で、正直に言って最初は戸惑った。ミステリーは大好きだが、私が宮本作品に求めているものとはかけ離れているのではないかと、不安になった。

 しかし、それは杞憂だった。



 27年前の少女失踪事件を追うというサスペンスフルな物語ながら、人間の温かさや清廉さ、賢明さを力強く描く筆致はさすが!
 事件当事者たちの画策も、そこに隠された人間愛もともに非常に味わい深く、改めて長年第一線で活躍してきたベテラン作家の力量というものに、飲み込まれるように圧倒された。

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田園発 港行き自転車  宮本輝

 ――好不調はつねに繰り返しつづけるし、浮き沈みはつきものだが、自分のやるべきことを放棄しなければ、思いもよらなかった大きな褒美が突然やって来る――
(本文引用)
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 宮本輝の小説は、上下巻であることが多い。そして私は必ず、その上下巻を迷わず一気に買う。
 なぜなら、宮本輝の小説なら上下巻飽きずに読めることがわかっているから。そして、宮本輝の小説は、むしろ長くなくてはならないと思っているからだ。

 それは、宮本輝の小説には、いつもこんなメッセージが込められているせいだろう。

 「努力は人を裏切らない」
 「私が裁くのではない、天が裁くのだ」

 努力が報われるのも、人でなく天が裁くのも、非常に時間がかかる。
 しかしそれだけ、得られるものは大きい。慌てて解決したものは、誰の心にも不満が残り、すぐに綻びが生じる。しかし、慌てず騒がず腐ることなく、じっくりと時間をかけて解決したものは、誰の心にもわだかまりを残さず、皆が幸せな日々を送ることができる。

 宮本作品は、それを全身全霊で教えてくれる。だから、「長さ」こそ宮本作品の大いなる魅力なのだ。
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 この小説には、実に様々な人物が登場する。
 上京して就職したものの、都会になじめないまま郷里に帰っていった千春。
 上司として千春を見守りながらも、娘の不倫騒動に頭を抱える川辺。その川辺の旧友であるバーの経営者・日吉。



 有名自転車メーカー経営者の令嬢で、絵本作家として活躍する真帆。真帆を担当する女性編集者多美子。その女性編集者の恋人であり、京都花街の人気者である茂生。
 誰からも可愛がられる中学生・佑樹。佑樹の人生を輝かしいものにしようと奔走する夫婦、仲がこじれてしまった嫁姑・・・。
 他にも伝説の芸妓や、誰もが頼りにする大番頭等々、数えきれないほど多くの人物が登場。しかもその誰もが、物語の鍵を握っている。

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【再レビュー】草原の椅子 宮本輝

 いよいよ映画「草原の椅子」が2月23日(土)より公開される。
 この作品が映画化されると知ったとき、私はもう嬉しくて嬉しくて、夢を見ているのではないかと思った。

 そしてまた思い出す。
 油まみれになった富樫、通り過ぎる煙草の火や静電気に脅えながら富樫を車で運ぶ憲太郎、人生の小さな一歩を懸命に踏み出そうとする幼い圭輔、そんな彼らを包むように見守る貴志子・・・。
 こうして彼らの姿を思い出すだけでも、涙がジンワリと滲んでくる。

 「草原の椅子」については、以前レビューに詳しく(と言うよりも長々と)書き、一応感動は伝えたつもりなのだが・・・この作品だけはいくら言葉を尽くしても、胸に充満するこの思いを伝えきることはできないだろう。

 この物語に登場する人物たちの迷いや欠点は、ボロボロになりながらも生きていこうとする人間の泥臭さそのものであり、またそれを越えて得た信念、覚悟、そして温もりは、人間の美しさそのものではないだろうか。
 
 そんな生身の人間たちがページから浮き出し、ぶつかってくるこの作品は、まさに「生きて帰らざる」小説といえるほど人の心をつかむ、桃源郷そのものだ。

 ちなみに、憲太郎の「ほんとに行きたかったら、誰の助けがなくても行くさ。何を捨てても行くさ」(本文引用)という言葉は、わが心の名言として保存し、時々引っ張り出している。



 このような素晴らしい小説を世に送り出してくれた宮本輝氏、そしてこの作品を映画化してくださった2013「草原の椅子」製作委員会の方々に、心より御礼申し上げます。
 (絶対に観るぞ!)

水のかたち 宮本輝

 どんなに小さくても、火種があるかぎりは、息を吹きかけることをあきらめてはならない。
(本文引用)
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 この小説の題名を考えるとするならば、やはり「水のかたち」以外にはないだろう。
 
 水は、人の体を潤したかと思えば、時には岩のように硬くなり、時には一本の糸のように連なり、時には消えてしまう。

 これはまるで、人間のようではないか。

 人の心を潤したかと思えば、時として頑固になり、そして気がつけば人同士、延々とつながっていく。そしてあまりにも脆く儚く消えてしまう。

 しかし水も人も、やはり水は水でしかなく、人は人でしかない。根っこのところは変わることがないのだ。

 宮本輝氏は、今まで一貫して「人間には生まれながらに持っている品格があり、それは一生変わらない」ということを伝えている。私は、そんな宮本作品が好きだ。




 しかし今回は、そこからさらに一歩踏み込んで「情熱を持って生き切る」ということを、穏やかな筆致で鮮烈に描いている。
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 主人公の能勢志乃子は、社会人と高校生の子供3人をもつ50歳の主婦。
 抜けるような白い肌と、いつも温かな笑みをたたえている、しとやかな女性だ。

 そんな彼女が、近所の喫茶店でいくつかの古道具をもらいうける。
 ガラクタ同然と思っていた茶碗や文机であったが、それらは思いもよらぬ価値をもつ物だった。
 そこから志乃子の人生は急展開するのだが・・・?
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 これを読み、まず思ったのは「世の中、捨てたものではない」ということだ。

 真面目に一生懸命生きてはきたけれど、何だかそれで損をしてきたのではないか・・・。
 世の多くの人はそう感じながら、日々を過ごしていることだろう。

 しかしこの小説は、そんな真面目な人にとって、自信をもって人生を歩む原動力となるはずだ。

 主人公の志乃子は、清潔な人柄ゆえに、思わぬ値打ち物を手にして日々胸が苦しくなるほどに迷う。
 何の後ろめたさを感じる必要がないというのに、読んでいて苛立たしくなるほど悩み続ける。
 
 しかし、そんな志乃子だからこそ、白糸描く清流のように、どんどん善き人がつながっていく。
 辛抱強く誠実に生きることをやめなかったからこそ、多くの人が志乃子に共鳴し、彼女の元に次々と幸運が舞い込む。
 その様子には「ちょっとうまく行き過ぎでは?」などと思いつつも、宮本氏の緻密な描写から「案外世の中、そういうものかもしれない」と信じることができ、素直に嬉しい。

 「水清ければ魚棲まず」と言うが、それは自分が何かやましい考えを持ったときの言い訳だ。
 やはり清くありつづける水が、魚にとって最も心地よいのではないか、最も安心して住むことができるのではないか。
 志乃子の生き方、そして彼女を囲む人たちの清廉な佇まいを読み、心からそう感じた。

 何かに情熱を傾け、それで生計をたてようとすれば、必ず邪な考えが頭をもたげることがあるだろう。
 しかし、純粋な心で自分の信念を通せば、必ず誰かが見ていてくれ、その人が輝ける未来へと導いてくれる。
 それは夢物語かもしれないが、もう一度だけ、そんな夢を信じてみよう、この小説はそんな希望を思い起こさせてくれる。

 「一度しかない人生、思いっきり羽ばたいてみたい」と思いながらも、「この真面目さが邪魔をしてしまう」と考えている市井の多くの人に、ぜひお勧めしたい。
 なぜなら、この本は「真面目だからこそ、情熱をもつ資格がある」「真面目だからこそ、羽ばたける」ということを教えてくれるのだから。


詳細情報・ご購入はこちら↓


他の宮本輝作品のレビューはこちら→「草原の椅子」
                  →「三十光年の星たち」


ちなみに本小説に登場する「グールド」の「良さ」については、この本を読むとよくわかる。
 一緒に読めば、互いの本の魅力が数倍増すことだろう。↓



レビュー→「小澤征爾さんと、音楽について話をする」




「三十光年の星たち」

「まあ、おきばりやす。この旅で経験しはることは、なにもかもが、三十年後に大きな宝物になって返ってきます」
 なんだか死地に赴くような心持ちで、仁志は運転席に坐り、エンジンをかけた。

(本文引用)
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 本は時々、強烈に叱咤激励をしてくれる。あるいは鼓舞激励と言ってもよい。
 人が本を読む動機のひとつに、「誰かに自分を奮い立たせてもらいたい」というものがあるのではないだろうか。
 
 そんな気持ちから、私は学生時代には、なぜか実家に大量にあった加藤諦三さんの本を読み、働いてからはいわゆるビジネス本にその役割を求めていた。

 しかし、小説にここまで励まされ、奮い立たされるとは!
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 そんな、これから私のバイブルとなりそうな本とは、宮本輝著「三十光年の星たち」である。


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 場所は京都。

 主人公は、どの仕事も続かないその日暮らしのなか、同居していた女性が多額の借金を抱えたまま行方をくらまし、完全に首が回らなくなった男・坪木仁志。
 優秀な兄弟たちと違う仁志は、父親から忌み嫌われ勘当までされており、もはや頼る相手もいない。

 だが彼は、律儀にも借金だけは返さねばと、空腹に耐えながらも債権者である老人・佐伯平蔵の家を毎月訪れる。
 しかし一向に就職先も決まらず、今月分を払ったらホームレスになるしかない!という状況にまで陥ってしまう。
 そんなとき、佐伯が言った。

 「これから旅に出るから、車を出せ」


 何とその旅とは、佐伯が今まで金を貸し、滞納をしている人間から借金の取立てをする旅だという。
 仁志は、車を運転するだけで借金が少しでも減るのなら・・・と承諾するが、佐伯のねらいはそれだけではなかった。
 
 佐伯は、仁志に借金の取立てをさせるというのだ。

 しかも、それで仁志の就職先は決まった・・・つまり、金貸しの佐伯のもとに就職させるという。

 仁志にそんな経験などあるはずもなく、完全に及び腰になるが、断れば明日はホームレスだ。
 そこで、仁志は恐る恐る答える。

 「自分なりにやってみます」

 しかし、佐伯の答はこうだった。

 「自分なりにという壁を越えるんだ。きみは世の中に出てからずっと自分なりにしか頑張ってこなかったんだ」
 
 佐伯は、借金取りをさせることで、仁志を根本から鍛えようとしたのである。

 最初はどうにも気の乗らない仁志であったが、佐伯と旅を続けるうちに、かつての逃げてばかりの自分が嘘だったように成長していく。

 そこには、数々の人との出会いがあった。

 夫が自殺をし、2人の子供を育てながら毎月3千円ずつ25年以上、佐伯に借金の返済を続け、完済した母親。
 苦しい生活のなか、バイト先の料理屋の廃棄物から「魔法のパスタスープ」を生み出し、佐伯の融資から事業を起こし、自社ビルを持つまでに大成功した女性。
 
 そして京都を彩る陶磁器の目利き、一流の染物職人・・・。

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 仁志の目の前に現れる、厳しくも満たされた人生を送る者たち。
 彼らの共通点は皆、30年間、ひとつのことを続けているということであった。
 
 そして佐伯もまた、30年以上前に想像を絶する悲運に遭い、一時は生ける屍となる過去があった。
 しかし、佐伯は生きた。
 懸命に生きようとする人たちを支援する形で、一度死してなお、30年以上生きてきた。

 そんな人たちと触れ合ううちに、仁志は決める。
 もう、以前のその日暮らしの自分には戻らない。
 これを最低30年は続けるんだ、と。

 その瞳の光を見た佐伯は、仁志に「魔法のスープ」を使ったスパゲティ屋の経営も全て任せることにする。

 最低30年は続けると決めた、魔法のスパゲティ屋。
 その開店初日に現れた客とは・・・?
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 ・・・こうしてあらすじを書いているだけでも、胸がうち震えてくる。

 焦らず、くさらず、あきらめず、愚直なまでに誠実に生きることの何とすばらしいことか!
 読んで数日経ってもなお、興奮が治まらない。
 
 実はこの「三十光年の星たち」は、毎日新聞朝刊に連載されていた作品である。
 著者の宮本輝氏自身、新聞小説連載の話が出たときには、「自分の体がもたない。お断りしたほうがいい」と思ったそうである。
 しかし、宮本さんのなかで、「三十年後の姿を見せろという言葉が大きく鳴り響いた」という。

 そうして完成したのが、この「三十光年の星たち」である。

 そしてまた新聞小説であっただけに、この作品は多くの人を毎朝励ましつづけたらしく、78歳のご婦人からも「30年後の自分を楽しみにしたい」との投書が寄せられたとのことである。

  書を読む楽しみ、ここに極まれり、ではないだろうか。

 著者と読者が互いに励ましあうかのようにして、ひとつの作品が出来上がる。
 これはもはや何十年もかけて造られる聖堂のごとき技、芸術の域だ。

 私も、もう「今が楽しければいい」「今さえよければいい」などという刹那的な思いは捨てよう。
 1日、1ヶ月、1年が30年後の自分を作るのだ。
 30年後に生きているかどうかなんてどうでもいい。「30年後の自分を見せてやる」という意気込みで生きてみよう。

 そして30年後に、自分という星が何光年先まで光を放っているか。
 それを楽しみに、ひとつひとつ人生を積み上げていこうと思う。
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他の宮本輝作品のレビュー→「草原の椅子」

「草原の椅子」

テレビを見ていると、時々こんな思いにかられる。

「テレビに出ている人が羨ましい」

それは、芸能人に会いたいとか、ましてやなりたいなどといった意味ではない。
使命を果たそうとしている姿が、羨ましいのだ。
テレビに出てくる人たちは、その多くが天職に出会った人たちだ。

俳優、歌手、スポーツ選手、芸術家、実業家・・・。

もちろんテレビに出るような職業でなくても、自分の仕事に使命感をもち、命がけで取り組んでいる人がたくさんいることはわかっている。
が、とりあえずテレビに出ている人を見ると、
「ああ、この人はこの世に生まれ、使命を与えられ、それを全うしようとしているんだなあ」
と羨ましくなってしまうのだ。

「私の使命って何だろう?」・・・

それを明確にできない自分にとって、まさにこの本を読むことが使命のひとつだったのではないか、と思わせてくれる本に出会った。

宮本輝著「草原の椅子」である。

大学院を出て光工学の技術者として大手カメラメーカーに勤める遠間憲太郎は、大阪赴任中にカメラ量販店会社社長・富樫重蔵と知り合う。
憲太郎は、「社員が働いていると思うと申し訳なくてゴルフにも行けない」という富樫の人柄に惹かれ懇意にしてもらう。

そんなある日、富樫が、過去にたった一度だけ関係をもってしまった女性に灯油を浴びせかけられるという事件が起こる。
女性にライターを突きつけられた富樫は、命からがら憲太郎に助けをもとめる。静電気でも起きれば二人とも一巻の終わりの救出劇だ。

散々な一日だったが、それを機に憲太郎と富樫は親友の契りを交わす。

富樫はいう。

浮気など、それまでもそれからも一度もなかったのに、「魔がさした」ばかりにこんな目にあった。
なんでこんな魔がさしたのか。自分の中にポッカリ空いている穴のせいだろうか。

中学卒業後、がむしゃらに働き、身一つで小さなカメラ店を大手チェーンにまで仕立てあげたにも関わらず、自分の中に何か穴があるような気がするという。
そしてその穴は、女性問題が解決しても、妻と和解しても埋まらない。

実は、その穴とは自分自身なのではないか、と。

それは憲太郎にも思い当たるところがあった。
妻と長年そりが合わず、子供2人が大学に入ったのを機に離婚した。自分はいったい何をしてきたのだろう。何が出来たのだろう。

憲太郎には、時々思い出す言葉があった。

離婚直後、憲太郎は心の休養にひとり、タクラマカン砂漠を経てフンザを訪れる旅に出た。最後の桃源郷といわれるこの地で、彼はある老人にこう言われたのだ。

「あなたの瞳のなかには、3つの青い星がある。ひとつは潔癖であり、もうひとつは淫蕩であり、さらにもうひとつは使命である」(本文引用)

その言葉を通して、二人はそれぞれ己に問いかける。

「俺たちの使命って何だろう。俺たちは、何のために生まれてきたんだろう」

そして二人は、ともに旅に出る。
週末に車でグルッとひとまわりする程度の小旅行だが、彼らにとってそれは、自分の人生を見つめる大冒険であった。

そんな二人の心の中には、あるひとつの風景が浮かんでいた。
草原に椅子がひとつ立っている映像だ。

その椅子とは、富樫の父親が作った椅子。

大工だった父親は、仕事中のケガで立つことが困難になり、大工の仕事を諦めざるを得なくなる。
その父親は現在、かつての腕を活かして、あるものを作っている。

体の不自由な人のためのオーダーメイドの椅子。

足の長さが左右で違ったり、背もたれが曲がったりした椅子たち。
一見不恰好なこの椅子が、障害や病気などにより体が曲がってしまった人にとっては最高に心地が良いものなのである。
その椅子こそが、人間の使命というものを表している・・・二人はそう思い、使命の象徴であるその椅子を、自分のなかに見つけようとする。

そしていつか自分にしか作れない椅子を、わが心の草原に立たせよう・・・。

その夢に向かった人生旅行の間に、彼らの前にはさまざまな人が通り過ぎていく。

高速道路で車の前に飛び出す性癖のある女子大生。
人間の幸せな瞬間を追いつづける、写真家の卵の青年。
憲太郎が一目ぼれする、骨董屋の女性店主・貴志子。・・・

そして、彼らの旅に多大な影響を与える5歳の少年、圭輔。

圭輔は、実の母親による暴力とネグレクトの末、すっかり人間に心を閉ざしてしまった。
しかし、なぜか憲太郎の娘にだけは懐くことがきっかけで、憲太郎と富樫が愛情を持って懸命に面倒を見る。そして圭輔が巣立つまで、守り抜こうと決める。

ある日、富樫は圭輔を知り合いの家に連れて行く。
そこには小学生を頭とした3人兄弟がおり、その子たちと遊ばせたいという富樫の目論見があった。
心配する憲太郎をよそに、圭輔は、小さな一歩を必死に踏み出そうとする。

あの子達のなかに入りたい、でも声が出ない、足が出ない。でも一緒に遊びたい。

手を出そうか、出すまいか。富樫は圭輔をかわいそうに思い声をかけようとするが、憲太郎はふと口に出した。

「ほんとに行きたかったら、誰の助けがなくても行くさ。何を捨てても行くさ」(本文引用)

その瞬間、圭輔は子供達のもとに走った。
それと同時に、憲太郎の頭にも光が走った。

行こう。再びフンザへ。
立とう。生きて帰らざる海、タクラマカン砂漠に。

富樫を伴い、憲太郎はついに大きな旅に出る決心をする。
休暇が取れないかもしれない。でも、そのときはそのときだ。

「ほんとに行きたかったら、誰の助けがなくても行くさ。何を捨てても行くさ」

何もない世界に行き、自分を見つめたい。自分の使命を見つめたい。
空っぽの世界に行き、自分が空っぽになれば、何かが見えてくるかもしれない。

そして憲太郎は、「憧れの君」である貴志子も、この異国の旅へと誘う。
思わず口について出てしまったのだが、共に自分を見つめなおしてくれそうな人、と憲太郎は直感したのかもしれない。
邪な心などなく、気がつけば声をかけていた。
返事は意外にも“YES”。
知り合って間もない男性たちと旅行に出ようなんて・・・と自分の気持ちにいささか驚きながらも快く承諾する貴志子。
ここにもまた、自分が生きる意味を見つけようとする一人の人間がいたのである。

結局、メンバーは憲太郎、富樫、貴志子、そして幼い圭輔の4人に。
老若男女を飛び越えて、彼らは旅立った。
自分の中の草原を見つめに、自分だけの椅子を探しに。
いざ桃源郷と死の砂漠へ!
果たして彼らはそこで、自分の使命を見つけられるのかー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この本を読みながら、私は赤面した。
どうしようもなく、自分が恥ずかしくなったのだ。

憲太郎、富樫、貴志子・・・彼らの思いやりとウィットに満ちたやり取りを楽しみながらも、私は泣きたくなった。
これほどまでに、私利私欲を捨てて他人のために戦っている人たちですら、己の使命が見えないというのに、何もしていない私が見つけられるはずはないではないか、と。
テレビに出てくるような一流の人ばかりを見て、「この人たちには使命がある。私にはない」など、「馬鹿も休み休み言え」と自分自身の頬をひっぱたいてやりたい気持ちだ。

目の前に、こんなにも使命が広がっているではないか。
守るべき家族、仕事、友達、そして街のあちこちにも・・・。
今、目の前にある「自分に求められていること」に真摯な姿勢で取り組むことが、今の私の使命ではないか。

憲太郎も富樫も、己のやるべきことを果たし、そのうえで他人を思いやり、行動し、それでもなお自分の生きる意味を探ろうとしている。
そんな彼らの前で、私は「私も使命を探っているんです」などといえるだろうか。
私は彼らの足元にも及ばない。彼らの旅に同行するチケットを手に入れる資格すらない。

広大な砂漠で、彼らはきっと自分の椅子を作り上げ、それを心に携えて帰国してくるだろう。
そしてその椅子を少しずつ直しながら、生き続けていくだろう。

私も彼らに追いつきたい。
今この瞬間から、私は椅子を作り続けよう。身の丈に合った椅子を作り続けよう。
どんなに小さくてもいいから。





プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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