路線バスの旅が好きな方は必読!西村健「バスを待つ男」
評価:★★★★★
「行き当たりばったりにバスに飛び乗っているようでやっぱり、どこかに目的があるのですね」
(本文引用)
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主人公は、元刑事の男性。定年退職をしてから特にすることもなく、暇を持て余している。
対して妻のほうは自宅で料理教室を開き、趣味の読書にも興じており、生き生きとした様子。
そんな日々のなか、男性はシルバーパスを使い、あてもなく路線バスに乗るという趣味を見つける。
しかしそこには、小さな謎がたくさん転がっていた。
いつも同じ時間にバスを待つ男性、学校に行くふりをしているらしい中学生、神社の狐にかけられた謎の前掛け・・・。
時には元刑事らしく、事件のあった場所で悔しい思いが蘇ることも。
路線バスの旅のなかで出会う様々な謎に、男性と妻が挑む。
本書は短編集で、物語としてはそれぞれ独立している。
しかしたびたび登場するキャラクターなどもいるので、連作短編集や群像劇ともいえるだろう。
結局、非常に多くのキャラクターが登場することになるのだが、誰も彼もが人情味あふれる人物ばかりでとにかく心が温まる。
そして皆が良い人すぎて、ちょっと互いに疲れてしまう時も。そんな贅沢な煩わしさまできっちりと描かれている点が、またいい。
特に、主人公の男性と妻の労わりあいが心地よい。
妻は頭が良く、趣味も広く、料理が上手で品もある。そして常に夫をたてるという百点満点の女性だ。
しかし妻が完璧すぎて、時に男性は気疲れをしてしまう。
家事に生きがいと誇りを持っている妻の前で、家電量販店でロボット掃除機を見てきたことなどとても言えない。
いつも凝った料理を出してくれる妻の前で、居酒屋で油揚げをあぶっただけのものを「うまい、うまい」と食べてきたことなどとても言えない。
そんな夫婦の姿が、事件の謎解きを通してリアルに描かれているのが実に微笑ましい。
「人の心というものは、見えない謎だらけなのだな・・・」
本書を読んでいると、そんなことを思いながらクスリと笑ってしまう。
そして、そんな夫婦の気遣いがミステリーに見事に絡められている点も見事!
なかでも第三章の「うそと裏切り」がいい。
バス路線の旅をしている途中、男性は一人の男子中学生を見かける。
彼は名門私立中学に通っているようだが、どうやら不登校の様子。早晩、両親にもその事実がバレるであろう。
それを不憫に思った男性は、中学生に声をかける。
不登校の原因は、どうやら学校内のいじめにあるらしい。しかも、今まで信じていた親友までもが、いじめに加担していたという。
男性は何とか彼を救いたいと思うが、そこには思わぬ勘違いが潜んでいて・・・?
この物語は内容自体も面白いのが、ラストが秀逸。
夫婦も、中学生と同様の勘違いで要らぬ気苦労をしていたことがわかり、めでたしめでたし。
人の心は、何気ないことで簡単に曇ってしまう。
そんなことにギクリとさせられながらも、思わず頬がゆるむ一話だ。
北村薫作品など、優しいミステリーが好きな方には心からお薦めの一冊。
そして、人と人とのつながりが、また別のつながりを生む群像劇が好きな方も、非常に楽しめるだろう。
そうそう、落語など日本古来の演芸が好きな方にも薦めたい。
もちろん、太川陽介と蛭子能収の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」のファンの方も!
ミステリーは好きなのだが、人間不信に陥るような物語は食傷気味。
謎解きはしっかりとありつつも、その謎で心を温かく溶かしたい。ミステリーでドキドキするのではなく、ホッと一息つきたい。
「バスを待つ男」は、そんな方にぜひ読んでいただきたい物語だ。
そして読んだ後は、大切な人の心の謎に、少しだけ迫ってみてほしい。
目を凝らしてみると、思いがけない労りや愛が隠れているかもしれない。
ミステリーは、人を疑う気持ちから始まるお話だ。
しかし「バスを待つ男」は、人を信じる気持ちから始まり、人を信じる気持ちで終わるミステリー。
読んだ後は必ず、愛する人をより深く愛せるようになるだろう。
「行き当たりばったりにバスに飛び乗っているようでやっぱり、どこかに目的があるのですね」
(本文引用)
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日常に潜むちょっとしたミステリー。最近は、そういう物語に心惹かれる。年をとってきたせいだろうか。
西村健の代表作といえば「地の底のヤマ」だが、それが非常に骨太で読み応えのある小説だったので、この新刊も読んでみた。
そして改めて思う。
西村健という作家は、何て人を見る目、世の中を見る瞳が温かいのだろう、と。
常に自分より弱い立場にある者に目を向け、労り、感謝や見返りを乞うことなくその場から立ち去る。
そんなとびきりの温かさと、人間の「粋」というものが、西村健の小説にはある。
本書は、それを確信させてくれた一冊だ。
西村健の代表作といえば「地の底のヤマ」だが、それが非常に骨太で読み応えのある小説だったので、この新刊も読んでみた。
そして改めて思う。
西村健という作家は、何て人を見る目、世の中を見る瞳が温かいのだろう、と。
常に自分より弱い立場にある者に目を向け、労り、感謝や見返りを乞うことなくその場から立ち去る。
そんなとびきりの温かさと、人間の「粋」というものが、西村健の小説にはある。
本書は、それを確信させてくれた一冊だ。
●あらすじ
主人公は、元刑事の男性。定年退職をしてから特にすることもなく、暇を持て余している。
対して妻のほうは自宅で料理教室を開き、趣味の読書にも興じており、生き生きとした様子。
そんな日々のなか、男性はシルバーパスを使い、あてもなく路線バスに乗るという趣味を見つける。
しかしそこには、小さな謎がたくさん転がっていた。
いつも同じ時間にバスを待つ男性、学校に行くふりをしているらしい中学生、神社の狐にかけられた謎の前掛け・・・。
時には元刑事らしく、事件のあった場所で悔しい思いが蘇ることも。
路線バスの旅のなかで出会う様々な謎に、男性と妻が挑む。
●「バスを待つ男」のここが面白い!
本書は短編集で、物語としてはそれぞれ独立している。
しかしたびたび登場するキャラクターなどもいるので、連作短編集や群像劇ともいえるだろう。
結局、非常に多くのキャラクターが登場することになるのだが、誰も彼もが人情味あふれる人物ばかりでとにかく心が温まる。
そして皆が良い人すぎて、ちょっと互いに疲れてしまう時も。そんな贅沢な煩わしさまできっちりと描かれている点が、またいい。
特に、主人公の男性と妻の労わりあいが心地よい。
妻は頭が良く、趣味も広く、料理が上手で品もある。そして常に夫をたてるという百点満点の女性だ。
しかし妻が完璧すぎて、時に男性は気疲れをしてしまう。
家事に生きがいと誇りを持っている妻の前で、家電量販店でロボット掃除機を見てきたことなどとても言えない。
いつも凝った料理を出してくれる妻の前で、居酒屋で油揚げをあぶっただけのものを「うまい、うまい」と食べてきたことなどとても言えない。
そんな夫婦の姿が、事件の謎解きを通してリアルに描かれているのが実に微笑ましい。
「人の心というものは、見えない謎だらけなのだな・・・」
本書を読んでいると、そんなことを思いながらクスリと笑ってしまう。
そして、そんな夫婦の気遣いがミステリーに見事に絡められている点も見事!
なかでも第三章の「うそと裏切り」がいい。
バス路線の旅をしている途中、男性は一人の男子中学生を見かける。
彼は名門私立中学に通っているようだが、どうやら不登校の様子。早晩、両親にもその事実がバレるであろう。
それを不憫に思った男性は、中学生に声をかける。
不登校の原因は、どうやら学校内のいじめにあるらしい。しかも、今まで信じていた親友までもが、いじめに加担していたという。
男性は何とか彼を救いたいと思うが、そこには思わぬ勘違いが潜んでいて・・・?
この物語は内容自体も面白いのが、ラストが秀逸。
夫婦も、中学生と同様の勘違いで要らぬ気苦労をしていたことがわかり、めでたしめでたし。
人の心は、何気ないことで簡単に曇ってしまう。
そんなことにギクリとさせられながらも、思わず頬がゆるむ一話だ。
●まとめ
北村薫作品など、優しいミステリーが好きな方には心からお薦めの一冊。
そして、人と人とのつながりが、また別のつながりを生む群像劇が好きな方も、非常に楽しめるだろう。
そうそう、落語など日本古来の演芸が好きな方にも薦めたい。
もちろん、太川陽介と蛭子能収の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」のファンの方も!
ミステリーは好きなのだが、人間不信に陥るような物語は食傷気味。
謎解きはしっかりとありつつも、その謎で心を温かく溶かしたい。ミステリーでドキドキするのではなく、ホッと一息つきたい。
「バスを待つ男」は、そんな方にぜひ読んでいただきたい物語だ。
そして読んだ後は、大切な人の心の謎に、少しだけ迫ってみてほしい。
目を凝らしてみると、思いがけない労りや愛が隠れているかもしれない。
ミステリーは、人を疑う気持ちから始まるお話だ。
しかし「バスを待つ男」は、人を信じる気持ちから始まり、人を信じる気持ちで終わるミステリー。
読んだ後は必ず、愛する人をより深く愛せるようになるだろう。