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「微笑む人」原作あらすじ感想。松坂桃李主演ドラマ化!原作との違いは?人間関係のモヤモヤが意外にも晴れる一冊。

 「私の直感は、外れていました。勘がこんなにも狂ったのは、初めてのことです。その意味で、仁藤さんは非常に特異な第一印象を与える人でした」
(本文引用)
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 ドラマ「微笑む人」、原作が大好きなので観賞したが、かなり設定が変わっていて驚いた。

 ドラマでは犯人・仁藤俊美(松坂桃李さん)と、彼を取材するジャーナリスト(尾野真千子さん)が、同じ幼稚園の保護者同士という設定。
  
 しかし原作では、事件に興味を持った小説家が取材をするという設定。

 ドラマと違い、顔が見えず名前もない「私」というキャラクターになっているため、ドラマよりかなり不気味なムードを醸し出している。

 ちなみに仁藤を食事に誘い、断られるシチュエーションも、原作と違うもの。


 原作では、仁藤と同職場の女性(独身)が、仁藤にアタック。
 一方、ドラマでは何と「同じ幼稚園のママ」である尾野真千子さんが、食事に誘っている。
 
 ストーリー全般、原作にはない「不倫の臭い」が、ドラマでは妙に色濃く加味されているのだ。

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 そう考えると、「微笑む人」の「原作」と「ドラマ」は、重きを置く点が違うのかも。

 原作:非常に多くの人が議論まで交わし、「あの優しい仁藤さんがなぜ殺人を・・・?」という不可解さを強調。
 ドラマ:「仁藤だけでなく、どんな人にも仮面がある」という「人間の裏の顔普遍説」を強調。

 つまり原作では「仁藤 : 大多数の一般市民」=「二重人格のある仁藤 : ない人」=「1 : 9」
 ドラマは「仁藤 : その他の人」=「二重人格のある人 : ない人」=「10 : 0」
 
 といった比率でキャラクターが描かれていた。
 
 特定の人が主体的に読む書籍と、不特定多数の人が目にする可能性が高いテレビとで、キャラの描き方・比率は違ってくるのかもしれないなーと感じた次第だ。

 また「友人のゲーム機で遊ぶ仁藤」を発見したのが「彼女」というのも、原作と違う点。
 原作だと男3人組だったため、ドラマだと女性キャラクターを増やしてるのかな。
 まあ確かに、映像上では男女のバランスがとれているほうがいい気がする。

 前置きが長くなったが、ここでは「微笑む人」の原作を紹介。

 ページをめくればめくるほど、「事件の真相」も「人間の真相」も見えなくなる展開に、最後まで目が離せなかった「微笑む人」。
 ドラマとの違いを念頭に置き、感想をお読みいただければ幸いである。

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貫井徳郎「女が死んでいる」感想。勘違い系ミステリーが好きな人におすすめ!

評価:★★★★☆

 「ようやく自分の間違いに気づいたか?」(本文引用)
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 「どうやら私は、とんでもない勘違いをしていたようです」
 
 刑事ドラマでこんな台詞が出てくると、がぜん気持ちが上がるもの。
 「えっ?ナニナニ?どこが勘違いだったの?真相はまだあるの?」とググッと身を乗り出してしまう。

 貫井徳郎の短編集「女が死んでいる」は、そんな「勘違い系ミステリー」の宝石箱。

 心理の盲点を突かれ、「やられたー!」と天を仰ぎたくなる人は、お腹いっぱいになる一冊だ。

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■「女が死んでいる」あらすじ



 本書は8編からなる短編集。
 表題作「女が死んでいる」は、タイトルどおり「女性の死体を発見してしまう」物語だ。
 
 ある朝、男性が目覚めると、ベッドの脇に女性の死体がゴロリ。
 昨夜の飲み会では、女性を持ち帰った記憶もない。
 さらに言えば、死体の女性と面識もない。

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 男性が女性の友人を探し出したところ、意外な死因が判明するが・・・?
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■「女が死んでいる」感想



 本書はどれも「意外や意外」な結末ばかり。
 しかし「意外や意外」と思うのは、読み手の「思い込み」のせい。
 
 作中の人物は皆、「誰も●●なんて言ってないもーん!あなたが勝手に勘違いしてただけでしょ?」とニヤニヤしていることだろう。

 だがそんな「やられた!」感が、ミステリーの醍醐味。
 「女が死んでいる」は、「騙される」という、何ともくすぐったい快感を8回も味わわせてくれる。

 憎たらしいような愛おしいような、不思議な魅力をもつ短編集だ。

 なかでも出色なのは、第三話「二重露出」。
 人気蕎麦屋の前にホームレスが住み着き出し、異臭で蕎麦屋の営業は悪化。
 同時に、2軒隣のカフェもホームレスの異臭のせいで経営が傾き、頭を抱える。
 一方、2軒の間に挟まれたタバコ店は「どこ吹く風」という感じだ。

 ホームレスに何度退去を命じても、全く通じてない様子。

 蕎麦屋とカフェの主人は、「このままでは首をくくるしか・・・」というとこまで追いつめられるが、刃先は一気にホームレスに。
 ホームレスの殺害を企て、ついに実行するが・・・?

 この話のカラクリは、実に、実に見事!

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 しかもこの物語は、人間に対する教訓もはらんでいる。

 「人を呪わば穴二つ」か「せいては事を仕損じる」か、「天網恢恢疎にして漏らさず」か。

 今、「あいつさえいなければ」という憎悪の気持ちがふくらんでる人は、「二重露出」を読んでみては?

 読まないまま行動を起こすと、「あいつ」のせいで自分の人生ぶち壊し・・・という最悪の事態になる恐れがある。

 冷静にじっくり対策を練れば、「2軒に挟まれたタバコ屋さん」の立場になれるだろう。

 他の作品は、ちょっと設定が強引なものや、先が読めてしまうものもあり。

 しかしどれも「騙されない力」をつけてくれる作品で、純粋に楽しめる。

 本書でたっぷり騙されておけば、リアルに騙されるのを防げるかも!
 
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貫井徳郎「我が心の底の光」感想。地面師事件を見てたら再読したくなった。

評価:★★★★★

「人生なんて、考えてみたこともなかった。どうでもよかったから」(本文引用)
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 連日報道されている「地面師事件」。

 積水ハウスが50億円以上だましとられ、逮捕者は10人以上という異例の騒動。

 しかもどこまでが悪人で、どこからが「善意の第三者」なのかわからないという、不気味かつ難解な事件である。

 この事件を見ていて、ムズムズと再読したくなったのが「我が心の底の光」。

 貫井徳郎作品と聞けば、どことなく「果てもしれない気味悪さ」を感じるだろう。
 「乱反射」に代表されるように、「どことどこがつながり結末に向かうのか」が見えないのが、貫井作品の魅力。

 本書「我が心の底の光」は「詐欺」が共通項の連作短編だが、そんな「展開の読めなさ」「得も言われぬ不気味さ」が炸裂。



 読めばきっと「地面師事件のような事件は、めったにないかもしれないが、いつ起きても不思議じゃない」と納得するだろう。
 
 知恵をひねり良心にさえ目をつぶれば、詐欺の手口などいくらでも考え、実行できるのだ。
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■「我が心の底の光」あらすじ



 主人公の晄は、伯父夫婦に育てられている。
 5歳の時、母が死に、父が人を殺したからだ。

 その後、晄は成長と共に犯罪に手を染め始める。
 クレジットカードを見せびらかす少女、地主、小料理屋の女将、ベンチャー企業の社長・・・。
 さまざまな人物に近づいては、次々とお金をだまし取っていく。

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 良心をもたない行動で、暮らしをたてていく晄。
 
 最終的に、彼が選んだ行動とは?
 そして、彼をそこまで犯罪に駆り立てたものとは?
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■「我が心の底の光」感想



 本書を読んだ最初の感想は、「よくここまで様々な詐欺手口を書けるものだなぁ」というもの。

 黒川博行の小説等もそうだが、多種多様な詐欺手法を、実に緻密に描いてる点にホオオッ・・・とただただ感心する。
 
 特に無辜の市民を、巧妙に犯罪に巻き込む手口は圧巻。
 地面師事件も、厄介なのは「犯罪グループとみなされる人物のなかに、善意の第三者も含まれている点」だという。

 「我が心の底の光」で描かれる犯罪も、気がつけば普通の市民が、犯罪加害者に取り込まれているのだ。

 詐欺の主犯は詐欺を成功させるために、いかに手段を選ばないか。
 「立ってる者は親でも使え」の精神で詐欺グループを巨大化し、成功確率を上げていく執念には驚かされる。

 本書で描かれる犯罪は、そんなしつこさ・図太さ・気味悪さ・果ての無さが、地面師事件を思わせるのだ。

 そんな救いようのない物語だが、ところどころ「人間らしさ」という光がほの見える。
 犯罪に巻き込んだ人間、そして加担した人間。
 それぞれの後悔が、本書のスパイスとなっている。

 そのスパイスに触れるたびに、本書の旨味がジワリと心に広がっていく。

 良心というスパイスが徐々に積み重なり、ついにラストでは・・・。
 タイトルの意味がわかった瞬間、少しの希望に安堵し、その後、さらに大きな絶望と悲しみがのしかかる。

 恨みを恨みでしか返せないこと、犯罪には犯罪でしか返せないこととは、何と空しいことか。
 どうしようもないやるさなさを残し、本書は幕を閉じるのである。

 貫井徳郎の小説は、いつも救いがないのに救いがある。救いがあるのに救いがない。

 読後感は悪いのに、なぜ貫井徳郎の小説は私をここまで惹きつけるのか。

 さらに疑問が深まった、不思議な魅力を放つ一冊である。

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どんでん返しを満喫したいなら貫井徳郎「崩れる」がおすすめ!

評価:★★★★★

 芳恵が漏らした言葉は「ああさっぱりした」というものだった。それは結婚以来、芳恵が初めて口にした台詞だった。
(表題作「崩れる」より引用)
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 無性に「どんでん返し」の小説が読みたくなる時って、ありますよね。

 貫井徳郎さんの「崩れる」は、そんな「どんでん返し読みたい病」の方にホントーーーーにおすすめの一冊!

 何しろ短編集なので、ハイレベルのどんでん返しを一気に8回も(!!)味わえちゃうんですよ。

 「どんでん返し」好きな方は「長編でないと読む気がしない」方もいらっしゃるかもしれませんね。
 
 確かに、ラストまで引っ張って引っ張って引っ張りまくった方が、よりどんでん返しの魅力が増すような気がしますものね。

 でもこの「崩れる」を読めば、そんな固定観念は吹き飛びますよ。



 1篇1篇が非常にレベルが高く、ショートストーリーということを完全に忘れて読みふけってしまいます。

 恐怖、怯え、迷い、憎悪・・・その先にあるのは果たして、安堵なのか喜びなのか、さらなる地獄なのか。

 ラストで胃がひっくり返るか、ひっくり返っていた胃がホッと収まるか。

 お正月でボンヤリとした頭を、読書で一撃したい方はぜひどうぞ。

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■「崩れる」あらすじ



 本書は8編からなる短編集。
 全て「結婚」にまつわる物語です。

 表題作「崩れる」は、タイトル通り結婚生活が崩れていく物語。

 主人公の芳恵は、「結婚生活、こんなはずじゃなかった」と日々嘆いています。

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 画家だった夫はルーズな性格故仕事を失い、今はほとんど仕事をせず家でゴロゴロ。
 妻の芳恵が働きづめで働き、ギリギリで生活を保っています。

 息子の義弘は、母親に辛い思いをさせる父親に腹を立て、毎日のように大ゲンカが勃発。

 そしてついに、本当に「崩れる」日がやってきます。

 第2話「怯える」は、ある新婚夫婦の物語。
 主人公・哲治のもとに、ある日、かつての恋人・沙紀から電話が来ます。

 沙紀は浮き沈みの激しい性格で、哲治はとうとう付き合っていられなくなり破局。

 その後、沙紀も結婚したと聞き安心した哲治ですが、またもや連絡がきたことで頭を悩ませます。

 しかも沙紀は、哲治が会社に行っている間、自宅に電話をかけている様子。
 哲治は沙紀と完全に決別すべく行動を起こしますが・・・?
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■「崩れる」感想



 本書に収められている物語は、「崩れる」が大好評だったため、続々と作られたとか。

 確かに第1話「崩れる」の、読者をつかんで離さない握力は尋常ではありません。
 夫の徹底したクズっぷり、体全体がボロボロになりそうな、妻のストレス。良識を持ち合わせた息子の爆発。
 いずれも、凄まじい臨場感と迫力で描かれており、読んでいるだけで脳の中心がしびれてきます。

 今、ゴロゴロ夫に不満を持っている方は、テーブルの上に本書を置いてみてはいかがでしょうか。
 万が一、旦那さんが手に取ってくれたら・・・翌日には人が変わったように家事を率先してやるようになりますよ。

 他、個人的に好きな物語は、第2話「怯える」と第4話「追われる」。

 「怯える」はストーリーについては前述しましたが、どんでん返しが最も楽しめる一遍。

 ややネタバレすると、本書のなかで唯一「救いのある」物語といえます。
 この一遍があるから、「崩れる」はグロテスクなわりに上品な一冊となっています。
 
 相手が嫌いではないけれど、何となく夫婦の危機を感じているという方に、「怯える」はおすすめです。
 朝読めば夕方、夜読めば翌朝には仲良し夫婦になれますよ(^^)

 そしてちょっとひねりの効いた「追われる」。
 こちらは、「結婚したい人」が登場する物語です。

 主人公の千秋は、結婚相談所でカウンセラーをする女性。
 男性会員と模擬デートをして、女性との付き合い方を教える仕事をしています。

 千秋は片桐という会員と模擬デートをしますが、どうやら片桐は千秋に恋心を持ってしまった様子。
 
 仕事上、会員と恋愛関係に陥るのは禁止されているため、千秋は片桐から必死に離れるようにします。

 ところが片桐の行動は次第にエスカレート。
 完全にストーカーに変身。
 千秋は友人の力を借り、片桐を追い払う作戦に出ますが・・・?

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 「追われる」は本書の中で、ある意味「最も恐ろしい」一遍。
 
 貫井徳郎さんの小説って、まわりまわってやってくる「しっぺ返し」が魅力ですよね(「乱反射」などはもう、ひたすら唸らされます。)

 この「追われる」は、そんな貫井節が炸裂。
 第5話「壊れる」と併せ、貫井流「必殺・乱反射しっぺ返し」を味わってみてください。

 「ミステリーって本当に面白ーい!」っと、頭の中がまるごとモミモミーッとほぐされるのが実感できますよ。
 
 一冊で8度おいしい「崩れる」。
 どんでん返し好きな方、育児や結婚生活で悩んでいる方、なかなか新年の読書スタートを切れない方におすすめです。

 巻末の、貫井さんによる解説も必読です。(※文庫本収録)

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これはスゴ本!貫井徳郎「乱反射」。取りつかれたように一気読みしました。

評価:★★★★★

「自分だけよければいいという発想が、健太を殺したとは思わないんですね」
(本文引用)
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 気持ち悪いほど見事な小説。
 ガタガタブルブルと震えながら、一気に読みました。

 読んでいない時(ご飯を食べている時など)も、この小説がどう展開していくのか気になって仕方がなく、子供から「ママ、どうしたの?」と心配されるほど。

 今風の言い方をすれば「神小説」といったところでしょうか。

 さすが、2010年に日本推理作家協会賞を受賞しているだけあります。



 
 罪のない2歳の子どもが、大人たちが積み重ねた小さな罪で非業の死を遂げます。

 その経緯は身体中が凍り付くような、恐ろしいもの。

 もしかすると、今この瞬間にも、自分のおかした「これぐらいならいいや」と言うような罪で、誰かが死んでいるかもしれない。
 たとえばしっかり分別しなかったゴミ、駐輪禁止の場所に止めた自転車・・・。
 
 自分の心のすき間が、鋭い凶器となって、人を殺めてしまうかもしれない。

 そんな現実を、「乱反射」は痛烈に突きつけます。

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 そういえば先日、砂浜に埋められたバーベキューの炭で、子どもが足の裏に大やけどを負った事件がありましたよね。

 世の中で起きている事件・事故の裏には、本当に数々の「乱反射が」あるんです。

 「乱反射」は見事に練られたフィクションですが、ある意味、ノンフィクションとも言える小説。

 全人類必読!と言いたくなるほど、素晴らしい一冊です。 

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■「乱反射」あらすじ



 新聞記者・加山聡には2歳の子ども・健太がいます。

 しかし健太は、幼くして人生の幕を閉じることに。
 
 なぜ健太は、死ななくてはならなかったのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 田丸ハナは超一流企業に勤める夫と、優秀な娘に囲まれ幸せに暮らします。
 でもハナは、心にある鬱屈を抱えていました。
 
 ああ、誰かに尊敬されたい、「すごい」って言われたい。
 そこでハナは、ある社会運動に目をつけます。

 その他、本書には様々な大人が登場。

 「空いているから」と夜間救急ばかり使う大学生、犬のフンを放置する老人、見栄で大型車をねだるわがままな妹、嫁に介護を無理やり頼む姑、潔癖症の樹医・・・。

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 普段は善良な大人たちが、「これぐらいいいか」で重ねた小さな罪。
 
 それが連鎖した瞬間、とんでもなく大きな罪に変貌。
 尊い命を奪うことになるのですが・・・?

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■「乱反射」感想



 1つひとつの小さな罪がどんどんつながり、大きな罪になっていく。
 その連鎖の描写は、一見「できすぎ」にも思えます。

 でもこれを「できすぎ」で片付けてはいけない。
 「できすぎ」で片付けた瞬間、あなたも健太君を殺した犯人となる。

 本書には、そんな強いメッセージ性があります。

 「乱反射」を読むと、過去の様々な事件・事故への見方がガラッと変わります。

 当事者でないと忘れてしまうものですが、事件の遺族や当事者の方は、何年も「あの事件・事故はなぜ起きたのか」と問い続けているのです。

 「あの横断歩道に信号をつけてくれていれば」
 「あのゴミが放置されていなければ」
 「あそこに違法駐車の車がなければ」
 
 たとえそれが直接な原因でなくても、事件・事故の真相に迫りたい。
 愛する人の死を無駄にしたくない。

 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない思いを抱えながら、大人たちの小さな罪を追及している人が、今もいる。
 
 「乱反射」を読んでいると、そんなことに思いを馳せ、涙を流さずにいられなくなります。

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 そして、「できるだけ真っ当に生きよう。どんな小さなことでも、真面目に守ろう。それは決して小さなことではない」と背筋が伸びます。

 さらにこの「乱反射」、ラストがもう、唸るほど見事です。

 プロローグで描かれた、健太の父親の行動。
 それが最後にピリッと効き、物語全体を引き締めます。

 ただ漫然と連鎖を描いただけでなく、最初と最後に被害者の「小さな罪」をも持ってくる。
 
 連鎖の描写だけでも十分読み応えがあるのに、ラストの束ね方が実に秀逸。

 もはや「神っている」とすらいえる、120点満点、いえ1000点満点の展開です。
 こんな物語を書ける人が、世の中にいるとは・・・。

 貫井徳郎さんの小説はもともと好きですが、「乱反射」は思わず「こんなにスゴい人に会ったの初めて!」と言いたくなる一冊です。

 街を歩くと、小さな罪をあちこちに見かけます。
 
 道に捨てられたタバコの吸い殻、駐輪禁止の場所に止められた自転車、歩きスマホ等々・・・。

 それを1つでもやめれば、もしかすると1人の人間の命が救えるかもしれない。

 私が乱れた反射を止めれば、魔の光を、皆がよけられるかもしれない。

 そう思うと、「社会の一員として、しっかり生きなければ!」と思わずにはいられません。

 「乱反射」は、読み手の心のすき間を埋めることで、社会の落とし穴をも埋めてくれるのです。

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壁の男  貫井徳郎

評価:★★★★★

  「才能がある人の方が、ない人より偉いなんて誰が決めたんだ、って。才能があるから偉いんじゃなく、何をするかが大事なんだって」
(本文引用)
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 泣いた、ひたすら泣いた。全ての感情を排除して、ただ泣くことしかできなかった。

 表紙の帯には「貫井マジック」と書かれているが、これは貫井徳郎という作家のマジックではなく、人間の心がなせるマジックであろう。人の心の「温もり」というものがなせるミラクルであろう。
 それを貫井徳郎という小説家が、真摯に丁寧にすくい取り、鮮やかに描き出したのだ。

 町中に描かれた壁画は、いったい何を示すものなのか。その壁画を手がけた男は、なぜいつまでもどこまでも、絵を描きつづけるのか。
 その裏には、男の数奇な人生と、その数奇さに振り回されない頑ななまでの誠実さが隠れていた。



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 舞台は、ある小さな田舎町。そこには、至る所に壁画があった。その絵はどれも、決して巧いとは言えないもので、幼稚園か小学校低学年レベルのものだ。
 ノンフィクションライターである「私」は、その壁画の作者である「伊刈」という男に取材を試みる。
 伊刈はなかなか口を開かないため、「私」は伊刈の周辺の人物を慎重に当たる。
 そうするうちに、伊刈が絵を描き続ける理由が明らかにされていく。

 貫井徳郎作品は、「愚行録」等、登場人物の過去や知られざる素顔を静かに剥がしていくものが多い。
 この「壁の男」も同様なのだが、これはちょっと異色な気がする。

 その理由は、吸い込まれそうな高尚さにある。登場人物の過去や素顔を暴く小説というと、私などは下世話な好奇心ムンムンで読み進めてしまうのだが、これは到底そんな気にはなれなかった。

 単純な興味で、相手に近づいてはいけない。相手の秘密を乱暴に暴くようなことをしてはならない。
 彼を冒涜することは、自分を冒涜すること。引いては人間を冒涜すること。

 伊刈が壁に絵を描きつづける理由や、伊刈が絵画に込める思い、そして伊刈の生き方は、そんな畏怖の気持ちを抱いてしまうほど美しいものなのだ。

 だからこそ、私は涙が止まらなかった。伊刈という男の過去をのぞき見する気持ちでページを繰った己の情けなさと、伊刈という男の崇高さ、そして辛くとも生き抜かねばならない人生の皮肉と生命の輝きに、私はもうひたすら泣いた。小説を読んで、こんなに涙をボタボタとこぼしたのは、いつ以来だろう。

 人にはそれぞれ、誰も知らない事情がある。その人にしかできない生き方があり、その人にしかない正解がある。たとえそれが一般常識から見て滑稽で間違っていたとしても、決してそれを侵したり踏みにじったりしてはいけない。
 
 今日も町で絵筆を動かしつづけているであろう「壁の男」の人生は、そんな真実を教えてくれる。

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愚行録  貫井徳郎

評価:★★★★★

あたしにとって秘密は、チョコみたいに甘い味なんだ。
(本文引用)
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 今月6日、ベネチア映画祭で映画「愚行録」が上映されたという。
 この映画は、日本では来年2月に上映されるというが、妻夫木聡・満島ひかり主演という「悪人」(吉田修一原作)コンビなので非常に楽しみだ。(「悪人」の満島ひかりさんは最高に良かった!)

 というわけで、今回原作を読んでみたのだが、なるほど・・・これは確かに「愚行」の記録だ。
 
 誰しも、大なり小なり愚行は犯すもの。それは本人が故意にやっている場合もあるが、本人は自覚がなくても周囲からすれば愚行に見える場合もある。誰かにとってはなんでもなくても、誰かにとっては許せない愚行もある。



 さて、あなたはどんな愚行を犯しているか?どんな愚行を許せないと感じるか?本書は、そんな課題を読者にグサリと突き付ける。
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 東京都内で、一家四人が自宅で惨殺される事件が起こった。
 夫婦は共に高学歴のエリートで、子どもたちもよくしつけられ、近所では評判の良い家族だった。

 そんな彼らがなぜ、残虐な殺され方をしなければならなかったのか。
 あるルポライターが、被害者夫婦を知る人物たちに取材をし、事件の真相を追っていく。
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 この物語は、複数の証言のみからできている。ルポライターや被害者家族の視点からは一切書かれていない。学生時代の友人やかつての恋人、会社の同僚や習い事で一緒だった主婦等、被害者を知る者たちの証言から、徐々に真相があぶり出されていく。
 そして、あぶり出すのは刑事でも名探偵でもない。犯人の吐露と読者の読み込みのみに、それは委ねられている。なので、真相がわかるかわからないかのスレスレの瞬間に、ほとんどの読者はちょっとページを戻ることだろう。

 なかには、それにモヤモヤする人もいるかもしれない。スパッと「お前が犯人だ!」と刑事が言って流れるように終了、というのが好みの人には不向きな内容かもしれない。

 しかし、私個人は、またちょっと読み直して犯人を確認するミステリーというのは非常に好きなので、こういう構成は大歓迎。何の気なしに読んでいた部分に、大きな謎が隠されていたという衝撃は、骨の髄からゾクゾクブルブルするものだ。
 被害者の知り合いたちの証言には、非常に多くの人物が登場するが、よーく目を凝らして1人も逃さない勢いでじっくりと読んでいただきたい。

 それにしても、これほどタイトルと内容がピッタリとマッチしている小説というのもなかなかない。
 本書はまさに、愚行の記録。殺人というこれ以上ない愚行の陰に、これほど多くの愚行が隠れていたのかと呆れ、慄然とする。もうこれはどう頭をひねっても逆立ちをしても、「愚行録」としか言いようがないだろう。

 そういえば、被害者の会社の同僚がこんなことを言っていた。 

「人間って本当に身勝手な生き物ですよね」

 

「ぞっとしますよね。人間の思いやりだの真心だの、そんなものが本当に存在すると思っている人がいるなら」

・・・。

 人間不信になりそうな物語だが、面白さは格別。チョコレートみたいに途中でやめられない甘美な味がある。
 こんな風に、他人の愚行をむさぼり読んでいる私の行動自体も、相当な愚行なのだろう。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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