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氷の轍  桜木紫乃

評価:★★★★★

 「堪えがたい独りでも、ふたりでやるせないよりは、いいんです」
(本文引用)
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 11月5日に放映されるスペシャルドラマ「氷の轍」の原作である。
 
 釧路で発見された遺体の真相を追うミステリーだが、本書はミステリーというよりも完全に文学だ。
 桜木紫乃の小説は、とにかく言葉が美しい。圧倒されるほど豊かな語彙に加え、1つひとつの言葉同士が紡ぎあって生み出す描写の数々は、ひとつとして手垢のついたものはない。

 少し場所が変わるだけで、微妙に異なる風景と湿度。少し来し方行く末が変わるだけで、大いに狂ってしまう人生。逆に、人生を狂わせまいと力いっぱい踏ん張る、人間の強さ。
 それらをありありと描き出す巧みな文章表現は、トリックや謎解きを期待する人にはやや焦れったく感じるかもしれない。しかし本来ならば、ミステリーこそ、これぐらい緻密な人間描写が必要なのだろう。



 人ひとりの人生を、徹底的に解き明かすプロセスを描くものなのだから。
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 主人公の大門真由は、北海道警釧路方面本部の刑事課に勤めている。父親も刑事だった。
 真由は、母親と血がつながっていない。真由は、父親の浮気相手の子どもだった。
 しかし母親は、真由を真心込めて育てあげ、今でも心地よい母娘関係を続けている。

 ある日、釧路の海岸で高齢男性の遺体が発見される。
 身元が明らかになっても、男性の交友関係はなかなかつかめず捜査は手間取るが、その「交友関係のなさ」には、ある重大な理由が隠されていた。
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 最近、世間では殊「きずな」や「人とのつながり」を訴えるが、この物語を読むと、それは両刃の剣であることに気づかされる。「つながり」が、逆に取り返しのつかない分断を生む時もあるのだ。
 無論、天涯孤独ではなく家族や友人と心地よいつながりを持てれば、その分人生は豊かになるだろう。広がりも出るだろう。
 しかし本書を読んでいると、それは果たして良いことなのだろうか、とふと立ち止まりたくなる。

 亡くなった高齢男性と、彼をめぐる人たち。彼らは独りで放り出される中で互いを求め合い、結局はその思いが凶器となってしまった。
 その経緯はあまりにも悲しいものだが、つながろうとしないのもまた、愛なのだと教えてくれているようだ。
 事件の当事者たちを結びつける北原白秋の詩が、それを象徴している。

 そのような人生を選ばざるをえないまでの経緯が、本書では実に丁寧に繊細に描き込まれている。
 それが過ぎて、ミステリーとしての面白さはややぼやけたような気もするが、言葉1つひとつの途轍もない重みがそれを吹き飛ばす。

 孤独な人間たちが、今にも消え入りそうな細い線で結ばれたとき、いや、無理矢理結ぼうとしたとき、いったい何が起きるのか。
 ふと、つながりを求めたくなった時に、またこの本のページを開いてみたい。
 その「つながり」が本当に私にとって必要なものなのか、相手を幸せにするものなのか、熟慮するきっかけを与えてくれることだろう。

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起終点駅 ~ターミナル~  桜木紫乃

「ひとがそれぞれの想いを守り合うと、もめごとなんか起きないの」
(「たたかいにやぶれて咲けよ」より)
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 「人は何のために生きてるの?」
 小1の娘が、時々そんなことを聞いてくる。

 「どうして●●をしなければならないの?どうせ××なのに」という質問がくるたびに、私は「じゃあ、あなたは、どうせ空腹になるからと言ってご飯を食べないの?」などと返答しているのだが、この質問には本当にまいる。
 人に限らず、生き物は生まれた瞬間から確実に死に向かう。それなのになぜ、生まれてくるのだろう?何のために生きているのだろう?確かにそれは不思議でならない。

 しかしこの短編集を読み、その答がわかった気がする。

 2013年に「ホテルローヤル」で直木賞を受賞した桜木紫乃。
 雅やかな筆致で人間を丸裸にしていくスタイルには当時圧倒されたが、本書は、そんな桜木作品初の映画化となる小説である。
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 本書には、6篇の物語が収められている。
 大手化粧品会社で管理職を務める女性が、突如かつての恋人の納骨式に呼び出され、「モテる男」の思わぬ孤独に触れる「かたちないもの」
 新人女性記者が、取材先の海岸で知り合った老人の過去を知り、記者としての使命と向き合う「海鳥の行方」
 映画化される表題作「起終点駅」は、国選弁護しか引き受けない老齢の弁護士が、弁護を請け負った女性の生い立ちを共に辿る物語だ。




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ホテルローヤル 桜木紫乃

 「幸せなんてね、過去形で語ってナンボじゃないの」
(本文引用)
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 なっかなか手に入らなかった直木賞受賞作「ホテルローヤル」。
 図書カードを持っているため、なるべく書店で買いたいと思い職場や自宅近くの書店を回ったが、どこにもなし。
 観念して通販で注文しても、待てど暮らせど届かない。
 それだけに、封筒を破り、本作品を両手に持った時の感慨はひとしおであった。

 そして読み終えた今、改めてこの本を両手で持つ。
 読む前よりいっそう、いとしい気持ちで。
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 ホテルローヤルは、北海道の湿原に建つホテルの名称だ。
 ある特定の目的で建てられたホテルなのだが、今はすっかり廃墟となっている。


 挫折という言葉を繰り返し、今度こそ本当の男になるとうそぶく1人の男から始まり、全く同じような1人の男によって終わりを迎えるホテルローヤル。
 ホテルが吸い込んできた、人間たちの姿とは。
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 まずこの作品は、7編からなる群像劇となっている。
 しかも面白いことに、廃墟→社長の死亡→店じまい→従業員も雇えていた時代→ホテル開業期と逆回転しながら進んでいく。
 そのため、1つひとつの物語を読みながら「あらー、さっきの話ではこうなってたけど、こんな時代もあったのねえ」、「この頃は夫婦、仲良かったんだねえ」などと、まるで自分までホテルローヤルが建つ地元の人間のような気持ちで愛着をもって回想できる。

 さらに、私の感じた本書最大の魅力は、ずばり「この本に関わる人たちの一体感」だ。

 まず何と言っても、登場人物たちの一体感だ。
 舞台が舞台だけに、そろいもそろって人生の裏街道を走る人間たちばかりで、一般的な尺度からはあまり幸せといえない。やっと安定した仕事をする人が出てきたかと思ったら、人生の伴侶に、長年手ひどいかたちで裏切られている。
 なかでもホテルローヤル開業の経緯が語られた最終話「ギフト」は人間の愚かさや脆さ、さらに言えば不正確さが全開。傍から見れば判断ミスの連続であるにも関わらず、能天気にズンズンと誤った道に入って行ってしまう。
 そんな、やや理知的という言葉からは遠く離れた、身もフタもない様子の登場人物たちだが、そんな彼らだからこそ、ストーリーの境界を越えて互いに手を取り、人生を歩いている姿は健気でいじらしい。

 そして特筆すべきは、まさにこの本を作った人たちの一体感だ。
 本書を手に取れば、誰もが目を留める「ホテルローヤル」の書体。
 なぜ「ホテルローヤル」のタイトルを、いや「ホテルローヤル」というホテルの看板文字をこの書体にしたのかが、ストーリーの中で語られている。

 その部分の意図をくんだ書体で、「ホテルローヤル」と表紙に書かれているのを見て、本書の製作に携わった人たちの愛をヒシヒシと感じた。
 いわばチーム「ホテルローヤル」といったところであろうか。内容と外装とをピッタリ合わせてくるあたり、「ホテルローヤル」を世に送りこもうとした人々のまとまりの良さが強く感じられ、たいへん好感がもてた。
 本は、装丁や書体もすべて含めて一個の作品である、ということを改めて認識した。

 そして思う。
 この一体感を保たせるために、本書の製作に携わった人たちは、決して軽々しい気持ちで「成功」や「●●賞受賞」や「ベストセラー」という言葉を口にしなかったのではないか、と。

「幸せにするなんて無責任な言葉、どこで覚えたの」


 心地好い言葉を吐いて、バラバラになってしまった人たちを描いた小説だ。だからこそ、製作者達は結束して、あえて厳しい態度で本書と向き合ったのではないか。

そんな真摯な気持ちが伝わってくる好著であった。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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