氷の轍 桜木紫乃
評価:★★★★★
「堪えがたい独りでも、ふたりでやるせないよりは、いいんです」
(本文引用)
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人ひとりの人生を、徹底的に解き明かすプロセスを描くものなのだから。
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主人公の大門真由は、北海道警釧路方面本部の刑事課に勤めている。父親も刑事だった。
真由は、母親と血がつながっていない。真由は、父親の浮気相手の子どもだった。
しかし母親は、真由を真心込めて育てあげ、今でも心地よい母娘関係を続けている。
ある日、釧路の海岸で高齢男性の遺体が発見される。
身元が明らかになっても、男性の交友関係はなかなかつかめず捜査は手間取るが、その「交友関係のなさ」には、ある重大な理由が隠されていた。
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最近、世間では殊「きずな」や「人とのつながり」を訴えるが、この物語を読むと、それは両刃の剣であることに気づかされる。「つながり」が、逆に取り返しのつかない分断を生む時もあるのだ。
無論、天涯孤独ではなく家族や友人と心地よいつながりを持てれば、その分人生は豊かになるだろう。広がりも出るだろう。
しかし本書を読んでいると、それは果たして良いことなのだろうか、とふと立ち止まりたくなる。
亡くなった高齢男性と、彼をめぐる人たち。彼らは独りで放り出される中で互いを求め合い、結局はその思いが凶器となってしまった。
その経緯はあまりにも悲しいものだが、つながろうとしないのもまた、愛なのだと教えてくれているようだ。
事件の当事者たちを結びつける北原白秋の詩が、それを象徴している。
そのような人生を選ばざるをえないまでの経緯が、本書では実に丁寧に繊細に描き込まれている。
それが過ぎて、ミステリーとしての面白さはややぼやけたような気もするが、言葉1つひとつの途轍もない重みがそれを吹き飛ばす。
孤独な人間たちが、今にも消え入りそうな細い線で結ばれたとき、いや、無理矢理結ぼうとしたとき、いったい何が起きるのか。
ふと、つながりを求めたくなった時に、またこの本のページを開いてみたい。
その「つながり」が本当に私にとって必要なものなのか、相手を幸せにするものなのか、熟慮するきっかけを与えてくれることだろう。
「堪えがたい独りでも、ふたりでやるせないよりは、いいんです」
(本文引用)
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11月5日に放映されるスペシャルドラマ「氷の轍」の原作である。
釧路で発見された遺体の真相を追うミステリーだが、本書はミステリーというよりも完全に文学だ。
桜木紫乃の小説は、とにかく言葉が美しい。圧倒されるほど豊かな語彙に加え、1つひとつの言葉同士が紡ぎあって生み出す描写の数々は、ひとつとして手垢のついたものはない。
少し場所が変わるだけで、微妙に異なる風景と湿度。少し来し方行く末が変わるだけで、大いに狂ってしまう人生。逆に、人生を狂わせまいと力いっぱい踏ん張る、人間の強さ。
それらをありありと描き出す巧みな文章表現は、トリックや謎解きを期待する人にはやや焦れったく感じるかもしれない。しかし本来ならば、ミステリーこそ、これぐらい緻密な人間描写が必要なのだろう。
釧路で発見された遺体の真相を追うミステリーだが、本書はミステリーというよりも完全に文学だ。
桜木紫乃の小説は、とにかく言葉が美しい。圧倒されるほど豊かな語彙に加え、1つひとつの言葉同士が紡ぎあって生み出す描写の数々は、ひとつとして手垢のついたものはない。
少し場所が変わるだけで、微妙に異なる風景と湿度。少し来し方行く末が変わるだけで、大いに狂ってしまう人生。逆に、人生を狂わせまいと力いっぱい踏ん張る、人間の強さ。
それらをありありと描き出す巧みな文章表現は、トリックや謎解きを期待する人にはやや焦れったく感じるかもしれない。しかし本来ならば、ミステリーこそ、これぐらい緻密な人間描写が必要なのだろう。
人ひとりの人生を、徹底的に解き明かすプロセスを描くものなのだから。
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主人公の大門真由は、北海道警釧路方面本部の刑事課に勤めている。父親も刑事だった。
真由は、母親と血がつながっていない。真由は、父親の浮気相手の子どもだった。
しかし母親は、真由を真心込めて育てあげ、今でも心地よい母娘関係を続けている。
ある日、釧路の海岸で高齢男性の遺体が発見される。
身元が明らかになっても、男性の交友関係はなかなかつかめず捜査は手間取るが、その「交友関係のなさ」には、ある重大な理由が隠されていた。
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最近、世間では殊「きずな」や「人とのつながり」を訴えるが、この物語を読むと、それは両刃の剣であることに気づかされる。「つながり」が、逆に取り返しのつかない分断を生む時もあるのだ。
無論、天涯孤独ではなく家族や友人と心地よいつながりを持てれば、その分人生は豊かになるだろう。広がりも出るだろう。
しかし本書を読んでいると、それは果たして良いことなのだろうか、とふと立ち止まりたくなる。
亡くなった高齢男性と、彼をめぐる人たち。彼らは独りで放り出される中で互いを求め合い、結局はその思いが凶器となってしまった。
その経緯はあまりにも悲しいものだが、つながろうとしないのもまた、愛なのだと教えてくれているようだ。
事件の当事者たちを結びつける北原白秋の詩が、それを象徴している。
そのような人生を選ばざるをえないまでの経緯が、本書では実に丁寧に繊細に描き込まれている。
それが過ぎて、ミステリーとしての面白さはややぼやけたような気もするが、言葉1つひとつの途轍もない重みがそれを吹き飛ばす。
孤独な人間たちが、今にも消え入りそうな細い線で結ばれたとき、いや、無理矢理結ぼうとしたとき、いったい何が起きるのか。
ふと、つながりを求めたくなった時に、またこの本のページを開いてみたい。
その「つながり」が本当に私にとって必要なものなのか、相手を幸せにするものなのか、熟慮するきっかけを与えてくれることだろう。