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袋小路の男  絲山秋子

評価:★★★★☆

 手の中に転がり込んできた十円玉の温度で、あなたの手があたたかいことを知った。
(本文引用)
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 今年、本屋大賞を受賞した宮下奈都氏が、日経新聞で紹介していた小説。宮下氏は「この本を読んで、血が沸き肉が躍った」という。

 ならば、どれほどダイナミックな物語かと思いきや、どっこい、足音を忍ばせて耳を澄ましたくなるほど静謐な小説だった。

 何しろ、好きで好きで仕方がない男性のそばにいながら、指も触れることなく12年過ごす物語なのだから。
 
 そんな、畏怖すら感じるほどプラトニックな恋愛小説だが、そこに潜む熱量は、そんじょそこらのラブストーリーをはるかにしのいでいる。
 こういう恋愛の形があるのかと目を見張るとともに、その情熱に裏打ちされた焼けつくような純粋さに、胸が高鳴った。確かに、血沸き肉躍る小説だ。



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 主人公の日向子は、小田切孝という男性を思いつづけている。小田切は、猫だけが往来する袋小路に住んでいた。

 日向子と小田切は、付き合っているのかいないのかわからない状態で、日々を過ごす。途中、互いに異なるパートナーと過ごした期間もあるが、日向子の小田切への思いは変わらず。二人は微妙な距離を保ちつづける。

 日向子は就職し、小田切は小説家を目指し各々の道を歩むが、そんな最中、小田切が大けがを負って入院する。
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 人を感動させるのは、他人ではなく自分自身――この小説を読み、そんなことを強烈に思った。

 この物語には、あからさまな愛情表現はない。全くないというわけではないが、最初から最後まで、いったいこの二人は相手のことをどう思っているのかが今一つつかめない。読み手としては、決定的な愛の言葉を求めてしまうのだが、「いよいよくるか?」と思ったその瞬間に、猫のようにするりと言葉は逃げてしまう。

 そのたびに私は歯がゆい思いをしたのだが、面白いことに、その歯がゆさが狂おしいほど心を震わせる。

 小田切の言葉は、いつも冷たい。しかし、その素っ気なさの裏にある恋慕を想像すると、途轍もなく熱い恋愛物語に見えてくる。
 
 そう、この小説は読み手の想像意欲をかきたてる力がある。読み手自身の力で、極上の恋物語になるよう仕向けてくる。だからだろう、短編にも関わらず、ものすごく濃密で豊潤な恋愛小説にどっぷり浸かったような気になれるのだ。

 静かで無駄のない筆致で書かれた、一風変わった恋愛小説「袋小路の男」。
 最小限の言葉から、自分のなかで物語がふくらんでいくという愉悦を堪能できる秀作である。

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薄情  絲山秋子

評価:★★★☆☆

誰かを抹消してしまうような薄情さと、よそ者が持つ新しさを考えなしに賛美することって、根源的には同じなんじゃないか。
(本文引用)
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 何事にも、此岸と彼岸がある。くだけた言い方をすれば、こちら側とあちら側だ。

 たとえば中学校で、同じ小学校から上がって来た子たちは「こちら側」で、越境や引っ越してきた子などは「あちら側」だ。
 学生時代の女友だちグループだと、40歳近くにもなると、夫も子どももいる人は此岸で、シングルの人は彼岸。
 町内会だと、昔から住んでいる人は此岸で、引っ越してきた人や若い夫婦は彼岸。

 要するに、マジョリティが此岸でマイノリティは彼岸というわけだが、たいていの場合、マジョリティのほうが少なからず優越感を感じ、マイノリティを心理的に圧迫する。
その圧力に悩まされている人も、少なくないだろう。



 そんな悩みに、この「薄情」は効く。
 此岸しか知らない人間が、一度彼岸に行ってきた人間や、完全に彼岸しか知らない人間と出会った時、どのような価値観を持つか。
 本書は静かな筆致ながら、人間関係における残酷なまでの階層意識・ムラ意識をえぐり出し、その行き着く先までをも鋭く描いた小説だ。

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プロフィール

アコチム

Author:アコチム
反抗期真っ最中の子をもつ、40代主婦の読書録。
「読んで良かった!」と思える本のみ紹介。
つまらなかった本は載せていないので、安心してお読みください。

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