評価:★★★★★
何を為すために自分は生まれてきたのか。
やっとわかった。
三十七年かけて。
(本文引用)
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荻原浩氏の、直木賞受賞後第一作である(直木賞受賞作「海の見える理髪店」のレビューは
こちら)。
最近、自分の中で「荻原浩の小説に感動できなくなったら、心のメンテナンスがいる」と考えるようになった。
特にエキサイティングなドラマもなく、ユーモラスな文章で淡々とつづられていく日常。ネットに流れる刺激的な文章に慣れてしまうと、ややつまらなく思えてしまうかもしれない。
しかし、そこで荻原作品を遠ざけてしまったら、それほどもったいないことはない。
人間とは何か、家族とは何か、人生とは何か。荻原浩の小説は、そんなことを深く厳しく温かく教えてくれる。
荻原作品に感動できなくなったら、それは刺激に毒されている証拠であり、自分の日常や人生をじっくりと眺めることができなくなっている証拠にもなる。
だから、私は思う。荻原浩の小説に心を揺さぶられなくなったら、心のメンテナンスが必要だ、と。
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主人公の望月恵介は、フリーのグラフィックデザイナー。広告代理店から独立して2年になる。最近、仕事の依頼がないことに焦りを感じている。
そんなある日、実家の母親から電話がくる。父親が倒れたという。
恵介は急きょ帰省し、農家である実家の仕事をしばらく手伝うことにする。
そこで出会ったのは、イチゴの栽培。
恵介はイチゴを育てながら、自分の生きる道を見出していく。
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本書の面白いところは、ITと農業をきっちりと両立させているところだ。
「グラフィックデザイナーが実家の農業を手伝う」と聞くと、すぐさま「パソコンに向かう仕事は否定し、自然と向き合う仕事を肯定する」という図式になりがちだ。
しかし、この小説は違う。
イチゴ農家としての仕事をきっちりこなしつつも、グラフィックデザイナーとしての腕もしっかり活かしていく。
その2つがどのような相乗効果を上げていくか。それが本書の読みどころだ。
また、恵介の家族をめぐる物語も、読んでいて非常に楽しい。
恵介の仕事状況や家族関係に最大限の配慮をはらいながら、気丈に生きていく妻。
恵介を家来のように扱いながらも、それぞれ弱みや悩みを抱える3人の姉たち。
そんな家族たちの中で特に面白いのが、姉たちの夫衆だ。
とにかく金勘定にうるさい男や、女遊びの尽きないチャラ男。
恵介から見ると、かなりどうしようもない義兄たちなのだが、次第に溶け合っていく過程が何とも気持ちいい。
人は互いのバリアを取り払って、自分の強みを生かして協力しあえば、何でも可能になる! そんな勇気をもてるストーリー展開だ。
こうして改めて作品を振り返ってみると、荻原浩氏の小説も池井戸潤氏の小説に負けないぐらい「嬉しいマンネリズム」「様式美」を持っていることがわかる。
何かをきっかけにして家族のありがたさを噛みしめ、自分の人生をうんと愛する。
様々な題材で、そんなメッセージを変わらず送り続けてくれる荻原浩作品。
自分の心がささくれ立っていないか、刺激ばかりを追い求めて足が地面から離れていないか。身近な人を愛せなくなっていないか。
荻原作品は、そんな心のチェックシートに欠かせないのだ。
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